ヒカリ


奈々子はコーヒーに口をつけ、拓海が座っていた椅子を見つめる。


さわやかな風が奈々子の腕をなでる。



拓海は気づいていない。

すべては拓海のためなんだと。
奈々子と出会い恋に落ちたのは仕組まれたもので、そうやって結城が『見せていた』だけだということを。


奈々子が結城のもとを離れなければ、拓海はためらいなく新しい生活を始められる。
愛する人を亡くし、家族を亡くして、つらい思いをしてきた拓海が、新たに誰かと出会い、愛し合って、家族をつくる。

おそらく結城が最も望んでいたことだ。



それが叶う。

奈々子が結城のもとを去らなければ。




奈々子は立ち上がり、鞄を肩にかけた。


「ごちそうさまでした」
と店員に声をかけて、店の外にでる。


歩道の真ん中で立ち尽くす。
秋の暖かな日差しを感じる。

奈々子はゆっくりと歩き出した。



小学校の脇を通る。
校庭に子供の姿はない。


春になると満開の桜が空を埋める木々の下を歩いた。
見上げると緑の葉が生い茂る。
紅葉にはまだ早い。


奈々子は立ち止まり、鞄から携帯を取り出した。
結城の連絡先を出し、しばらく画面を眺める。



それから一息吸い込むと、覚悟を決めて電話をかけた。


< 210 / 228 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop