ヒカリ

二十六



横を向くと、結城の完璧な横顔が見えた。
視線に気づいて、奈々子に顔を向ける。
いつも見ていた、魅力的な笑顔を浮かべた。


薄暗いイタリアンのお店。
洞窟を模している壁に、木製のテーブルとチェア。
チーズが焼ける香ばしい匂いが充満していた。
カウンターの奥には釜があり、ひっきりなしにピザを焼いている。


奈々子たちは壁際に置かれているうちの、一番奥のテーブルに座っていた。
テーブルの上にはワイングラスが三つと、ミネラルウォーターが置かれている。
中央の籠にはグリッシーニ。

ゆきはうれしそうにそのグリッシーニを手にとった。


「いただきます」
そういうと、手で割って食べ始めた。

「ごめんなさい、最近、食べるのをやめられなくて」
ゆきはにっこりと笑った。

「食べ過ぎないでね」
拓海が言うと
「うん」
とゆきが頷いた。

「高カロリーのものばっかり欲しがるんだ」
拓海が困ったように言った。

「お腹の赤ちゃんが欲しがってるんですね」
奈々子はそう言って笑みを浮かべた。

「太り過ぎは駄目って、お医者さんに言われたんですけど。食べたくて仕方がないんです。食べてないと胸がムカムカするっていうか」
ゆきがぽりぽりとグリッシーニをかじる。

「性別はわかるんですか?」
奈々子が訊ねる。

「まだまだみたいです。五ヶ月目ぐらいでやっと分かるって」
ゆきが言う。

「どっちがいいです?」

「どっちでも。ウェルカムです」
ゆきは答えた。

「いつ籍いれんだ?」
黙ってワインを飲んでいた結城がそう訊ねた。

「うん。まだ決めてないけど。近いうちに。まだご両親に挨拶もしてないんだ」

「怒られるだろうな」
結城が笑った。

「だよね」
拓海が申し訳なさそうな顔をした。

「俺、スーツ着た方がいいかな。面接のときに着た、一着しかないけど」

「スーツ似合わないのに」
結城が言う。

「そんなことないですよ。拓海先生のスーツ楽しみです」
ゆきが言った。



拓海は男性の割に小柄で、子供のような雰囲気があるが、ゆきが隣に並ぶと不思議と男性に見える。

ゆきは肩より少し下までのふわふわの髪に、ゆったりとしたクリーム色のワンピースを着ている。
かわいらしい顔に仕草。
拓海と一緒にいると、本当にお似合いだった。


「幼稚園はなんて?」
結城が訊ねる。

「うん。ぎりぎりまで働いて、産休とらせてくれるって」
拓海が言った。

「夢みたいです。絶対に辞めなくちゃいけないって思ってたから」
ゆきが幸せそうに微笑んだ。

「俺働きだしたばっかりだし、給料もよくないから、申し訳ないけどゆきに働いてもらわないと、子供を食べさせられないんだ」

「申し訳ないだなんて、いいんですよ。わたし、お仕事すきだから」



「お待たせしました」
黒いエプロンをした店員が、大皿をテーブルに置く。
「四種のチーズのピザでございます」

「わあ」
ゆきが歓声をあげた。

「カットしてもよろしいでしょうか」
店員がピザカッターを手に訊ねたので
「お願いします」
と奈々子は答えた。

「ごゆっくりどうぞ」
店員が下がると、奈々子は取り皿を配った。

ゆきは早速手を伸ばし、自分の皿に一切れとった。
拓海もとる。


「須賀さん、食べます?」
奈々子は訊ねると、
結城は「うん」と頷いた。


奈々子がお皿にピザをとっていると、
ゆきが「名字で呼んでいるんですね」と訊ねた。

「そう。なんかこの呼び方が抜けなくて」
奈々子が笑う。

「けっこう新鮮」
ゆきがもぐもぐしながら、そう言った。

「わたしもなかなか拓海って呼べません。どうしても拓海先生って呼んじゃう」

「それも新鮮ですね」
奈々子が笑った。

「おつきあいして、どのくらいなんですか?」
ゆきがおしぼりで手を拭きながら訊ねる。

「……どのくらいかな」
奈々子は首を傾げた。

「二ヶ月ぐらい」
結城が隣で言う。

「わたしたちと、そんなに変わらないんですね。なれそめ聞いてもいいですか」
ゆきが目をきらきらさせて言った。

「なんとなくです」
結城が照れたように下を向いた。

「あいつは、こういう話題、苦手だと思うよ」
拓海がすました顔で言う。

「得意な男って、どんなやつだ?」
結城はグラスに口をつける。
「お前は得意なの?」

「……」
拓海は無言でピザをほおばる。

「ほらな」
結城は勝ち誇ったような顔で拓海を見た。



「最初、冗談だと思いませんでした? なんていうか、須賀さんってオーラバンバン出てるじゃないですか」
ゆきが無邪気に聞いてくる。
「住んでる星が違う感じ」


奈々子はその言い方に思わずくすっと笑ってしまった。

「からかわれてると思いました。今もちょっとそんな気がします」

「ひどいな、奈々子さん」

「そうですか?」
奈々子はワイングラスに口をつける。


拓海を見ると、目があった。
奈々子は拓海を安心させるように微笑んだ。

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