ヒカリ
「拓海さんは何も気づいていません」
結城を呼び出した奈々子は、自宅近くの公園のベンチに座り結城にそう言った。
仕事終わりの紺色のスーツ。
ネクタイはグレー。
街灯が結城の黒髪にあたり、オレンジ色に見えた。
空は真っ暗で星の一つも見えない。
大道路を車が行き交う音が、かすかに聞こえた。
長袖の上にもう一枚羽織りたいような冷たさ。
奈々子は手で腕をさすった。
「この間、わざわざ話をしに来てくれたんです。拓海さん、ご結婚されるんですね」
「うん」
結城は膝に手を置き、背もたれに身体を預けている。
「須賀さんのこと、心配していました」
「うん」
「わたしがこのままおつきあいを続ければ、拓海さんは安心して新しい生活にうつれますよね」
「……」
「あんな、自分の人生を渡してしまうような、そんな約束をしなくても、大丈夫です」
結城が奈々子の顔を見る。
頬が街灯に光っている。
「拓海さんが家を出られるまで、須賀さんの側にいます」
「奈々子さんは……大丈夫なの?」
「わたしは確かに須賀さんに恋をして、本当に夢みたいで楽しかったけれど、須賀さんが拓海さんを愛するように、須賀さんのことを愛してるかっていうと、違うような気がして」
奈々子はうつむいて自分の手を見る。指を組み合わせる。
「これまでもたくさん失恋してきたし、時間が経てばいい思い出になります。せっかく拓海さんが幸せになろうとしてるのだから、わたしがお手伝いできるならしたいんです」
「……」
「今まで通り、休日には一緒に出歩いたり、ごはんを食べたりしましょう。拓海さんはそれを見て、きっと安心します」
結城の顔は何かを言いたげだったが、奈々子の顔を見るだけで何も言わなかった。
「話しはそれだけです。ごはん一緒に食べますか?」
奈々子はそういって立ち上がった。
結城が奈々子の顔を見上げる。
「須賀さん?」
なかなか立ち上がらない結城に声をかけた。
「ありがとう」
結城はそう言うと立ち上がった。