ヒカリ
初めてこの部屋に入ったときのことを思い出した。
あのころ、自分の周りでどんなことがおきているのか、まったく分かっていなかった。
毎日、呼吸をすることが精一杯で、周りは暗闇と同じ。
「ここがお前の部屋だから」
そう言って、結城は拓海を部屋にいれた。
リフォームしたばかりの壁紙の匂いと、
遠くで響く大通りの車の音。
「場所を変えたって、どうしようもない」
絶望からそう言った。
結城は黙ってそれを聞いていた。
何も言わずに。
ただ、黙って。
隣を見ると、結城はコーヒーのカップを両手にはさんで、ついていないテレビに視線を向けている。
「通勤が大変になるんだ」
拓海は言う。
「どんくらい?」
「一時間半」
「げ、何時起き?」
「五時。でも仕方ないよ。俺の給料じゃ都内のアパートは借りられない」
「俺が出て行くって言ったのに。こんな広いところ、俺には必要ないから」
「いや、いいんだ。ここはお前のうちだから。俺が住まわせてもらってた」