ヒカリ


午前の診療が終わり休憩に入ると、あっという間に奈々子は取り囲まれた。


「やばいね、あれ」
珠美はさっきからこれしか言わない。

「いやあ、やばいよ」
鈴木さんも同意する。


診察室の真ん中、女性達は立ったまま話続けた。


「あのときの、須賀さんの顔見ました? 絶対わかってやってる」
珠美が言った。

「何? どんな顔なの?」
八田さんが興味津々という顔で訊ねる。

「あの顔みて、ドキッとしない女性はいないんじゃない?」
鈴木さんが興奮して言う。

「こんなおばあちゃんでも?」
かず子先生は白衣を脱ぎながら訊ねた。

「ええ、そうですよ。年長さんのなっちゃん、ほら、最後から二番目の患者さん。あの子も須賀さんから目を離しませんでしたよ。ねえ」
珠美が鈴木さんに同意を求める。

「そうそう」
鈴木さんは腕組みをしながらうなずいた。

「恋人じゃないって、どういうこと?」
鈴木さんが訊ねる。

珠美は「言ってもいい?」と奈々子に訊ねてから
「この間奈々子の忘れ物を須賀さんが届けてくれたらしいんですけど、すっごい美人と一緒にきたって」
と言った。

「そうなの?」
かず子先生が訊ねので、奈々子は「はい」とうなずいた。

「それで奈々子は、なんていうか、落ち込んでて」

「やだ、落ち込んでないったら」
奈々子は思わずとりつくろったが、かず子先生が
「そりゃ落ち込むわよねえ」
と納得したように言った。

「そしたら今日帰り際に、『あの人、僕の恋人じゃないです』って言ったんですよ。みんなの前で。全部わかってやってるんですよー」

「確信犯だね。やばいよ、奈々子ちゃん」
鈴木さんが奈々子の腕をつついた。

「枕営業?」
八田さんがとぼけた顔で言う。

「わたしにそんな営業かけてどうするんですか。かず子先生にならともかく」
奈々子は動揺しながらも返した。

「いやーん。土曜日、どんな営業かけてくれるのかしらん」
かず子先生はおどけた。

「でも……あの人、すごいですよね。自分の魅力を充分にわかって、行動してる。やっぱり相当いろいろ経験してますよね?」
珠美が眉間に皺を寄せてそう言った。

「須賀さん、自分の内面は地味で、女の子の期待通りの洗練した扱いができないって言ってましたよ。最後は振られておしまいだって」
奈々子は言った。

すると全員から
「馬鹿ねー」
「それも手よ」
「嘘に決まってんじゃない」
と次々につっこまれた。

「とにかく奈々子ちゃん、警戒してね」
鈴木さんが奈々子の目を見て言う。


奈々子はその真剣な眼差しに押されて、思わず力強く
「はい」
と答えた。

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