ヒカリ
「おにいちゃん、かっこいいね」
ポニーテールにした女の子が、結城の側に近寄って、そう言った。
「ありがとう」
結城はバッグを床に置き、子供を抱えて膝に乗せた。
母親達が、羨望の眼差しをその小さな女の子に向ける。
「名前は?」
結城がその子の目を見ながら訊ねた。
「わか」
女の子はまるで、王子様にだっこされているかのような気分になっているようだ。
「わかちゃん、具合が悪いの?」
「ううん、注射」
わかは腕のばんそうこを結城にみせる。
「そうか。痛かった?」
「ううん。大丈夫」
「強いね」
結城はわかの頭を優しくなでた。
「わかちゃん、行くわよ」
母親が気まずくなったのか、わかを促した。
「ええ!」
わかが不服そうに口を尖らす。
「帰って、ごはんたべなくちゃ」
母親が結城に軽く会釈をしてから、わかの腕を引いた。
「またね」
わかはそう言うと、結城の唇にキスをした。
奈々子は思わず「あ」と声を出す。
珠美も横で「わ」と声を出した。
結城は驚いてわかの顔をみつめたが、すぐに笑顔になると、わかの前髪を手の甲で持ち上げ、そのおでこにキスをした。
「またね。お大事に」
結城はそういうと、わかを膝の上から下ろした。
母親がしきりに恐縮して
「すみません」
を連発する。
結城は
「かわいい子ですね。本当のお姫様だ」
と言って、わかに手を振った。
わかは満足したように、大きな笑顔をつくり、母親と一緒に診療所を出て行った。
奈々子は止めていた息を、ほうっとはいた。
それは他の人たちも同じようで、一様に肩の力を抜く。
結城はその様子をちょっとおもしろがっているようにも見えた。
八田さんが診察室から出て来て、込み合った待合室を見回した。
「注射を終えてから三十分以上いらっしゃる方は、待合室が込み合っておりますので、どうぞお帰りいただいて結構ですよ」
八田さん特有の愛嬌のある言い方でそう言われると、母親達は渋々と立ち上がる。
「お大事に」
奈々子は出て行く母親と子供達にそう声をかけた。
結城も軽い会釈をして送り出す。
なんだか不思議な光景だった。
「須賀さん、こちらへどうぞ」
鈴木さんが待合室から出て来て、結城に声をかけた。
「はい」
結城は立ち上がり、鈴木さんの後をついていく。
診察室に入ると、扉が閉められた。
鈴木さんと八田さんは、うまく中に入れたようだ。