ヒカリ


蝉がないてる。
日差しは強く、コンクリートからはものすごい熱気があがってくる。
朝は涼しかったが、徐々に気温はあがって来ているようだ。


しかしこんなに暑い日でも、駅前の肉まんはおいしい。
昼時になると、すごい勢いで売れて行く。
オーナーは中国の方なので、日本のコンビにで食べるような肉まんとは少し違う。
もっとジューシーで、食べごたえがあった。


小さな女の子の額にキスをした結城を思い出した。

女の子の望むような洗練された対応ができなくて、
と言っていたが、とんでもなかった。


「やっぱり、嘘」
奈々子は思う。

あんなに完璧に女の子を扱えるなんて、やりなれてるとしか思えない。


汗が滝のように吹き出して来て、着ていたチュニックが濡れて来た。
かごバッグからハンドタオルをだして、汗を拭く。


ひときわ大きな蝉の声で振り向くと、おおきな楠の木に蝉が止まっていた。

「夏なんだなあ」
奈々子はまた口に出して言った。


奈々子は誰とも付き合ったことがない。


男性が嫌いなわけではないと思う。
クラスに好きな男の子はいたし、バレンタインデーにチョコレートを作ったこともある。
けれど思いが通じることはなかったし、加えて男の人と一緒にいて、楽しいと感じることが少なかった。

ただ、激しく緊張して、肩が凝る。
向こうもそれに気づいてか、結局二度と誘われなかった。


結城のように、異性との経験をたくさん持っていて、うまく付き合える人もいれば、奈々子のようにずっと一人の人もいる。

「なんだか、むなしいなあ」
奈々子は再び声に出して、すれ違うおばさんに振り向かれた。

奈々子は恥ずかしくて、足を速めた。


駅前の商店街の中に、そのお店はある。
本当に小さなお店で、肉まんを蒸かしている湯気がもわもわとあがっている。
お店の奥で、奥さんが肉まんを包んでいる。

カウンターにいるおじさんは、はげた頭にタオルを巻いて、蒸し器に肉まんを入れていた。

「いくつ?」

「五個お願いします」
奈々子は手のひらで「五」と見せた。


おじさんは手早く紙の袋に肉まんを入れる。
それをレジ袋に入れて、奈々子に手渡した。


奈々子はお金を払い、お店を後にした。
レジ袋から暖かな湯気があがっている。
奈々子は急いで診療所に帰った。

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