ヒカリ
「あと十歳若ければなあ」
鈴木さんがお弁当を広げながら口を尖らせた。
「何言ってるんですか。子供までいて」
珠美が笑顔で返す。
八田さんが「がはは」と大きな口をあけて笑い
「わたしもあと十歳若ければ」
と言う。
「え? 十歳?」
珠美が言うと
「そうそう、十歳」
と八田さんは返した。
「だけどこの歳になって、こんなに男のことでわくわくするなんて、新鮮だね」
食事をしながら、話が尽きることはない。
「あの人、本当になんで営業マンしてるんでしょう」
奈々子は言った。
「芸能界に入ったけど、向いていなかったとか?」
珠美が言う。
「見たことある?」
と鈴木さん。
みんなが一斉に首を振る。
「でもあんなに目立つなら、絶対声かかるでしょう?」
珠美が言った。
「調べてみましょうか」
珠美はスマホを取り出し、ネット検索画面を出す。
「須賀結城だよ」
八田さんがポケットから名刺を取り出して、珠美に見せる。
珠美はしばらくスマホをいじり、それから「あー」と声を出した。
「何なに? やっぱり芸能界にいた?」
鈴木さんが身を乗り出した。
「いえ、違いますね」
珠美は目をこらしてスマホの画面を見ている。
「でも目立つから、なんかすっごい検索引っかかってる」
「ええ?」
奈々子は珠美の画面をのぞきこんだ。
「ほら、みて。この人とか、もう軽くストーカーじゃない? ブログ立ち上げて、タレントの近況を調べるみたいに、細かく報告してる」
「見せてみせて」
鈴木さんが席を立って、珠美の背後に回り込んだ。
「ああ、ほんとだ。これはスゴイ」
「なんて書いてある?」
八田さんがおにぎりをほおばりながら訊ねた。
「えっとですね。今二十七歳で、彼女なし」
「おお、彼女なし、重要データ!」
「うわあ、どうやってこんなこと調べるんだろう」
珠美がつぶやく。
「千葉県の地元の小学校、中学校、高校を卒業した後、一浪して早稲田大学に入学」
「早稲田! 頭イイ!」
「大学院に進んで、吉田製薬に入社。あ、大学時代、やっぱりちょっとモデルみたいなことしてますね」
「へえー」
「ほら、ここ、画像がのってる」
珠美がスマホを持ち上げて、みんなに見せて回る。
「ほんとだ。すっごいきれいじゃない」
八田さんが声をあげた。
「なんでモデルを続けないの?」
鈴木さんが首をかしげた。
「えっと……。それは書いてないな。でも営業職についたのは不本意らしくて。本当は研究開発部に行きたかったけど、顔が災いして営業に廻されたらしい、って書いてある」
「顔が災い!」
四人で顔を見合わせる。
「うける、それー」
珠美が叫んだ。
「今は目黒のマンションに、幼なじみの男性と二人で暮らしてるって」
「住所もばれてるの?」
「やばいね、このブログの子」
鈴木さんが眉をしかめる。
「一般人をここまで調べるって、やっぱりストーカーだよ」
「でも、こんなの、いっぱいいますよ。ほら」
珠美がスマホを掲げる。
「検索結果がすごいことになってる」
「うわ、目撃情報とか出てる。写真ばんばん撮られてるじゃない」
「画像検索でも出てきますよ。すごいな……。そのうちこの近辺でも撮られるんじゃないですか?」
奈々子は言った。
「うちの診療所も有名になっちゃうな。ああ、それでか。林さんが担当はずれたの。うちは女だらけだから、この須賀さんを担当にしたら、そりゃもう会社は安心だもんね」
八田さんが言う。
「ですね。私、吉田製薬さんひいきにしたくなっちゃう」
珠美が目を輝かせて言った。
「早く須賀さんに来てほしいな。今度は写真とってもらっちゃおう」
八田さんは最後の一口を飲み込んでから、そう言った。