ヒカリ


「……迷惑でした?」
結城が困ったような顔を見せる。

「はあ」
奈々子は何かを言いたいけれど、あっけにとられてそんな言葉しか出てこない。

「ご迷惑なら……」

「いえ、お誘いはうれしいですけど、本当にたいしたことをした訳じゃないのに、なんて言うか」

「おおげさ?」

「そう、そんな感じです」


結城はシートにもたれ、考え込むような真剣な表情をする。

「実はですね……戸田さんのことを誰かに話したくなるんですよね」

「はあ?」

「おもしろいっていうか、いや、それは失礼か。うまく言えないんですけど、気になるというか。しょっちゅう戸田さんのことを思い出すんです。それで、どうしてかなあって思って。こんなこと初めてだし、確かめたいんですよね。でも身構えなくて、全然いいですよ。なんていうか、もうちょっと戸田さんを知りたいなあと思ったってことなんです。ああ、うまく言えないや。僕はやっぱり営業向きじゃないんですよね」
そう言うと、結城は笑った。

「はあ」
奈々子は更に混乱して、間の抜けた返事をした。

「日曜日、どうしますか?」

「ええっと、そうですね……」

「行きます?」

「ああ、はい、そうですね」
奈々子はそう返事をした。

「よかった。じゃあ、僕の連絡先を教えますね」
結城は携帯を取り出し、メアドと番号を知らせる。

奈々子はぼんやりしながらも、連絡先を携帯に入れた。

「戸田さんはいつも、どのあたりに映画を見に行きますか?」

「近所のショッピングモールに」

「じゃあ、そこで待ち合わせしましょう」

「うちの近所でいいんですか?」

「だって、戸田さんのことが知りたいから」

「はあ」

「待ち合わせしましょう。がっかりさせて申し訳ないんだけど、僕は車を持ってないんです。何せ働きだしたばかりだし」

「はあ」

「連絡先聞いてもいいですか?」

「はあ、ああ、そうですね」
奈々子は登録した結城の番号に電話をかける。

「ありがとう」
結城は手早く登録して、笑顔になった。

「待ち合わせ場所は、また連絡します。今日はなんだか、戸田さんの意識がどこかへ飛んで行ってるみたいだから」
結城が笑った。

奈々子は顔を赤らめて「すみません」とだけ言った。

「パーキングに車を入れたので、駅まで歩いておくります」
結城が車のエンジンをかけ、開いていたウィンドウを閉じる。

「いえ! 大丈夫です。本当に、一人でいきますから」
奈々子はあわててシートベルトを外し、車の外に出た。


結城を見ると笑っている。何がそんなにおかしいのか。

< 80 / 228 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop