ヒカリ


奥にあるデニムの売り場まで、結城は奈々子の手をひっぱって連れて行く。
店内は混んでいたけれど、結城が歩くとさっと人が別れて道ができる。


不思議だ。


「黒のデニムが欲しいんだ」
結城はやっと奈々子の手を離し、棚に置かれたデニムを見始めた。


店内は喧噪に包まれている。
いつだって混んでいる。
けれど結城の周りには、なぜか空間ができていて、彼はひょうひょうと買い物を続ける。
彼の顔だけではなく、彼から発せられる雰囲気が、人を寄せ付けないのかもしれない。


彼を特別な人にしている。


「これ、どう?」
結城が一本のジーンズを見せる。

「着てみないとわかりません」
奈々子は答えた。

「じゃあ、試着する」
結城は試着コーナーに行く。

奈々子もなんとなくそれに続いた。


「試着ですね」
とデニムを受け取った女性店員は、結城に見とれているようだ。

「のぞかないでね」

「のぞきませんよ」
奈々子は心外だという顔をした。


徐々に試着室の周りに、女性客が集まりだす。
みんな結城を一目見ようと、こそこそと話をしながら待っている。
奈々子はなんだか結城がかわいそうになってきた。
いつでもどこでも注目されて、気が休まらないだろう。


カーテンが開き、結城がでてきた。

「どう?」

「足、長いですね……」

「短くはないね。あんまりズボンを切ったことがない」

デニムをぎゅっと引っ張り上げるとき、背中がちらりと見えた。


細い腰。
無駄なものが一切ない身体。


「記念に買おうかな」

「なんの記念ですか?」

「デート記念」


これ、デートなの?

奈々子は結城の一言一言に、翻弄される。


結城は意味ありげに笑って
「よし、買おう」
と言った。


女性客の視線を一身にあつめて、結城はお店を後にした。

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