ヒカリ
そこは高級マンションのようだった。
インターフォンに向かって「須賀です」と告げると、扉が開いた。
エレベーターで八階を押す。
奈々子はなんともいえない不安な気持ちになる。
自分の世界とは少し違う。
ここはどこなんだろう。
エレベーターの扉が開くと、もう一つ重厚な木製の扉。
その扉が開かれ、中へと案内された。
吹き抜けの店内。
目の前は一面ガラス張りで、都心の明かりがよく見えた。
薄暗い店内をボーイに連れられ、個室に通された。
個室と言っても小さなスペースでしかなく、入り口はカーテンで仕切られている。
窓からはやはりきれいな夜景。
やっぱりちょっとおしゃれしてくればよかったかな。
奈々子は革張りのゆったりとした椅子に腰掛けた。
「ワイン飲める?」
「少しなら」
結城は手際よくオーダーしていく。
奈々子はこんなおしゃれなお店にきたことがなかったので、すっかり萎縮してしまっていた。
ワインがテーブルに届き、仕切りのカーテンが締められると、結城はグラスを持ち上げた。
「今日は一日付き合ってくれてありがとう。いつも親切にしてくれるから、ここはお礼」
「……おおげさです。でもありがとうございます」
「奈々子さんがいつもどんな暮らしをしているのか、見ることができてよかった」
「須賀さんは、どんな生活をしてるんですか? なんだかさっぱり想像できませんけど」
「ここから徒歩五分くらいのマンションに住んでるよ。俺は自動車も自転車も乗らないから、基本は徒歩で行けるところばっかりにいるかな」
「随分都心にすんでるんですね」
「親父の遺産。昔、愛人と住んでたんじゃないかと思う」
「あれ? 母子家庭って言ってませんでした?」
「うん、父親は結構有名な経済界の人間で、母親は愛人だった。でも俺が産まれてから別れたって。だから実際に会ったことはないよ。テレビや雑誌で顔を見たことはあるけど。親父が亡くなって遺産分けのときに、母親から教えてもらった。向こうの子供達も割と親切で、このマンションを相続するのを駄目とは言わなかった。もちろん会ったことはないけど、その兄弟たちとも」
「そうですか」
「奈々子さんは兄弟いる?」
「弟が一人」
「東京にいるの?」
「いえ、群馬の実家に両親と住んでいます。地元の材木屋で働いてて、もうすぐ結婚です」
「歳はいくつ?」
「二十四」
「結婚早いね」
「田舎なんで。地元に残る友達も、みんな結婚してます」
「東京じゃそんなに早く結婚しないからね」
「そうですね」