ヒカリ
暑い。
拓海は汗を腕で拭った。
幼稚園の前は遊歩道のように木々が並んでいる。
木陰に入ると少しほっとした。
頭上で大きな蝉の声が聞こえた。
見上げると三匹も幹にくっついている。
「拓海先生、この木、蝉だらけですよ」
ゆきが笑って指を指す。
「そうだね」
拓海はうなずく。
生温い風が吹いている。
コンクリートからはまるで湯気がでているように、もわもわと暑さがあがってくる。
「夕方には少し涼しくなるといいですね」
ゆきが言った。
「これじゃ子供達が熱中症になっちゃう」
「日がおちれば、過ごしやすくなると思うけど」
拓海は言った。
ゆきはすたすたと大股で歩く。
結構な早足だ。
後ろからゆきの揺れるポニーテールを見ながら、話すなら今だと覚悟を決めた。
「ゆき先生」
「なんですか?」
ゆきが振り返る。
「引っ越ししてください」
「……そんなお金ありませんって」
「僕が出します」
「え?」
ゆきが立ち止まった。
「ゆき先生、今のアパートはやっぱり危ないですよ。一度部屋に入られてるんですよ。鍵を変えたって、居場所はばれてるんですから」
「でも……」
ゆきは困った顔をする。
「とにかく、何かがおこってからでは遅いんです」
「……ありがとうございます。でも、これは私の問題ですし、私でなんとかします。拓海先生にご迷惑をかけるわけにはいきませんよ」
ゆきはそういってから
「大丈夫ですって」
と笑顔をみせた。
拓海は不安に心臓がゆれる。
思わず「駄目だ」と言った。
ゆきが驚いて目を開く。
「駄目です。絶対に駄目だ。すぐに引っ越して。心配なんです」
ゆきはしばらく拓海の顔をみつめる。
蝉の声が耳につく。
「先生」
ゆきが拓海に歩み寄る。
「僕の暮らしには入ってくるなって言うのに、わたしの暮らしには入ってくるんですね」
拓海は黙り込む。
「ご心配には感謝します。親切にしていただいてるのもよくわかってます。でも、やっぱりお金をいただく訳にはいきません」
ゆきはそう言うと、くるりと向きを変え再びスーパーの方へと歩き出した。