ヒカリ


拓海はやっとのことで園庭から建物のエントランスへとあがった。


「拓海先生、職員室今誰もいませんから、そこで休みましょう」

「ん……」


拓海は返事をすることができない。
ゆきに半ば引きずられるように、廊下一番奥の職員室へと入る。


ゆきが蛍光灯をつける。
園庭に面したその部屋には、担任を持つ先生の机が、向かい合わせで並べられている。
廊下側にベージュ色の布製ソファが置いてあった。
拓海はそこに転がる。


心臓が痛い。


「先生、お水もってきましょうか」
ゆきが訊ねた。
「それとも病院?」

「だ、大丈夫。しばらくすれば……治る……から」
拓海は息がうまく吸えない。


飯田先生が職員室に入って来た。

「拓海先生? どうしたの?」

「なんだか、具合が悪いみたいで」
ゆきが心配そうに答える。

「熱中症?」

拓海は首を振る。
今は誰とも話せない。

「とりあえず、ここで休んでて。太鼓は去年やってくれたお父さんがきてるから、ちょっと頼んでみるわ」
飯田先生が言った。

「ゆき先生、しばらく拓海先生を見てて。一人にするのは心配だわ」
飯田先生はそう言うと
「また後で様子をみにくるね」
と言って、部屋を出て行った。


扉が閉まる音がした。


白い天井を見上げる。
蛍光灯の光が目に痛い。


「りなちゃんのパパ、知ってるんですか?」


ゆきが突然たずねた。

拓海は驚いてゆきに視線を向ける。


「わたし拓海先生のことよく観察してるんですよ」
ゆきが微笑む。

「りなちゃんのパパのことを見たあと、拓海先生がすごく動揺してたから。間違ってたらごめんなさい」


拓海は答えられない。
ただ喘ぐように息をするだけだ。


ゆきはそんな拓海の様子を見て
「すごい汗。タオルとってきますね」
と言って立ち上がった。


ゆきに気づかれた。
どうしよう。


扉があき、再びゆきが入って来た。
手にお水のペットボトルとタオルを持っている。
拓海の側にひざまずくと、やさしく拓海の額をタオルで拭いた。
それからペットボトルをおでこにつける。


冷たい。


拓海は目を閉じた。


涙が出て来た。
止めようにも止められない。


ゆきは「先生?」と声に出してから、何も言わなくなった。


それからゆきの指が頭をなでる感触がした。

彼女の指は暖かく、優しい。


母親が幼いころの拓海の頭をなでてくれた、その感触を思い出した。


拓海は目をあける。


「いいですよ。寝て。側にいます」
ゆきはそう言うと微笑んだ。


堪えていたものが溢れ出す。
拓海は声を出してなきはじめた。

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