ヒカリ
拓海が目を開けると、職員室の明かりは消えていた。
身体の上に毛布がかけられている。
身体を起こし園庭の方を見ると、すでに誰もいなかった。
壁にかけられたあんぱんまんの時計を見ると十時半すぎ。
拓海は驚いて立ち上がった。
そっと廊下にでる。
廊下の明かりも消えている。
ひまわり組にだけ明かりがついていた。
拓海はそちらに向かって歩いた。
部屋の中にはゆきがいた。
浴衣から洋服にすでに着替えている。
グリーンのカーディガンにデニム。
床に座り込んで、おもちゃの整理をしているようだ。
拓海が扉を開けると、ゆきが振り向く。
「先生、大丈夫ですか?」
ゆきが訊ねた。
「うん」
拓海はうなずき、それから
「すいませんでした」
と謝った。
「みんな、心配してましたよ」
「迷惑をかけちゃった」
「体調が悪くなるのは、しょうがないですよ」
ゆきはそう言うと
「何か飲みます?」
と訊ねた。
拓海は無言で首をふる。
ゆきの前で泣いてしまったことを、後悔していた。
あんな風に自分を出してしまうなんて。
「送ります」
ゆきが言う。
「いや、大丈夫。電車で帰るから」
「でも……」
「いいんだ。本当に」
拓海がそう言うと、ゆきはそれ以上言うのをやめた。
ゆきはおもちゃの片付けを再び始める。
消毒して、ラベルをつけ、しまい直す。
別に今日しなくてはならない仕事ではない。
拓海を待つ間に始めたのだろう。
「ゆき先生、ごめん」
「ぜんぜん大丈夫ですよ」
ゆきが笑顔で返した。
「手伝うよ」
「具合は?」
「平気」
拓海はゆきの向かいに座って、仕事を始めた。
しばらく無言で仕事を続ける。
そろそろ終わりに近づくというころ、ゆきが
「幼稚園、辞めたりしませんよね」
と訊ねた。
拓海の手が止まる。
ゆきを見ると拓海を心配そうに見つめる瞳と目が合った。
「それは……」
拓海は言いよどむ。
ゆきは立ち上がると、子供用ロッカーの上に置いてあった自分の鞄から、一枚の紙を持って来た。
「はい」
と言って、その紙を差し出す。
拓海はその紙を受け取ると、開いてみた。
携帯の電話番号が書いてある。
「誰の?」
拓海はゆきにそう訊ねた。
「りなちゃんのパパのです」
拓海は息をのむ。
「どうして……」
「お祭りが終わったあと、りなちゃんのパパがきて、拓海先生の様子を聞いて来たんです。それからこの紙を渡されました。電話をしてくれって。いつでもいいから、と」
紙を持つ手が小刻みに震えだす。
少し治まったと思ったのに、またパニックがはじまってしまう。
「先生……」
ゆきが言う。
「拓海先生が入ってくるなって言うので、わたしからは何も聞きませんけど、もし話したいって思うときがきたら、わたしはいつでも聞きます。これでも相談ごとには強いんです」
ゆきが笑顔を見せた。
拓海はその笑顔に、不思議なことに気持ちが楽になる。
思わず口に出してしまった。
「あの人の奥さんを、俺の母親が殺したんだ」