神様と愛語
* * *
滝の禊を終わらせて海神の館に帰ってきた直後。
ぱしんっ、乾いた音が耳元で鳴る。
何が起きたのかと目を丸くすれば、目の前には先ほど挨拶を交わしたばかりの龍神の妹君が冷色の瞳で此方を見下していた。
「其方なんぞが雨龍兄様の御子を身籠るなど……、気色悪うて反吐がでそうだ」
じんじんと熱と痛みを帯び始めた左頬に手を当てれば、そこを打たれたのだと理解する。
妹君は苦痛に顔を歪ませ、手に持っていた羽毛の扇で口元を覆った。
「もうしわけ……ございません」
謝る理由が私にあっただろうか、と考えて止めた。
神の領域で反論なんてしてはならない。
鼻がつん、としてくるのを感じてゆっくりと頭を垂れさせる。
「ふんっ、早々に御子を授かりこの地より立ち去るが良い」
長い着物の裾を蹴り、女官と共に優雅に去っていく足元をただ呆然と見送った。
禊終わりにしては酷い仕打ちではないか。
歯がゆい思いに強く奥歯を噛み締めるしかなかった。