神様と愛語
「波津、発言を許せ」
「はい」
「姫、そう強張るでない。何も取って食おうと言うのではない、礼を言いに来ただけなのだ」
白くなるほど拳を握り締めていたようだ。
緋蛇に指をさされて気づく。
少年の割に艶のある笑みを貼り付けると、ゆったりとした声色が告げる。
「愛いのう。……だが怖がらせては何の意味も持たぬ」
緋蛇は黄金の場所から立ち上がると、畳を擦り、向かってくる。
びくり、と条件反射のように肩が震えてしまった事に更に後悔すれば、優しい温度が髪を梳く。
「余は其方が微笑みかけてくれたあの顔が忘れられんでな。もう一度、あの顔を見に来たのじゃ。……そんな顔をさせとうわけではない」
下げていた視線を上げれば慈しむような顔と対面する。
心臓が僅かに上下した。
「も、申し訳御座いません。何処でお会い致しましたでしょうか」
「おおそうか! 化身の姿であったなぁ、うむうむ。混乱させてしもうたか」
納得と言わんばかりに何度か頷けば、次には其処に少年の姿はなく、代わりに小さな白い蛇が顔を此方に向けて赤い舌を出していた。
膝下に擦り寄ってくる。
「ああ、もう! 若様が口出すと順序が全てぐちゃぐちゃになります。まったく。……説明させて頂きます。先日、蛇の化身の若様が大岩に挟まっている所を貴女様がお助けになったとの事。会いたい、お礼を言いたい、の一点張りで、今回海神の館に参られた次第です」
ピースが埋まる。
「あ、あの時の!」
「合点行ったか!」
ぴん、と頭の中で電球が弾ける。
滝の禊の前、助けた蛇か。
そして先程まで蛇の姿であった緋蛇は少年の姿へと変化を遂げていた。
どうやら神様というのは変身も出来るらしい。