神様と愛語
緋蛇は両手を伸ばすと、今朝と同様、すりすりと頬に擦り寄ってくる。
「愛い愛い」
それをただただ、呆然と受け止める。
暫くすると満足したのか、緋蛇は目線を合わせると、ゆったりと笑った。
「己が汚れる事も顧みず、余を助けてくれた事、感謝致す。あの時は急いでいたのでの、礼をする事も出来ず失礼だった」
「い、いえ! そんな、困っている生物を助けるのは当たり前のことで!」
「生物」
「あ、あああ! 失礼致しました! か、かか、神様に向かって、も、申し訳ありません」
もうだめだ。
これならいっそひと思いに殺されたほうがいくらかましに思える。
目がぐるぐるし、顔は紅潮し、思考回路はパンクしている。
ぶんぶんと両手を振り回せば、目の前の幼くそして綺麗な顔が崩れる。
「はっ、ははは! なんと、なんと愛いことか! はっはは、良い良い。分かっておる」
笑っている。
私は目をまんまるくして、その状況を眺めた。
笑うと綺麗と言うより、年相応の可愛い顔になるんだな、なんて目の前の顔を見て思う。
いや、思っている場合でもないんだけど。
もう一度小さく謝罪を口にすれば、暖かい温度が頬を包んだ。
「姫、神を目の前に緊張し固く在るのは分かる。清蓮や翠香、そして海神の女官たちは格式や礼儀を重んじる。姫がそんな態度だと言うのも頷ける。だが、余の前ではそれを解いてはくれぬか? すぐとは言わん。ゆっくりでいい、余を怖がらないで欲しい」
なんて、優しい温度。
なんて、優しい色。
神の領域に来てから初めて貰うそれに、心臓が収縮する。
じんわりと暖かい液体を流し込まれた様に心地よい温度が体を包み、浸透する。
塞き止めていたダムは決壊し、溢れる。
「――――ぅっ」
ぽたり、ぱたり。
瞳から溢れ出した感情の波は、頬に落ち、緋蛇の手へと吸い込まれていく。
「も、もうしわけ、ありまっ、せん」
「謝るな。何も無礼を働いておらん」
優しい言葉。
じゅわり、じゅわり、何かを補う様に速さを増して吸収する。