神様と愛語
愛 其の壱
愛 其の壱
「志乃で御座います」
無駄に煌びやかな着物に身を包み、畳の上で正座をし、頭を深々下げる。
目の前に御座すのは名高き国の支配者であり、神。
龍神、雨龍夜刃神(うりゅうやとのかみ)。
またの名を海神(わだつみ)。
静寂の中、おもむろに顔を上げれば座椅子に頬杖をつき、冷やかな瞳をまるで見下すかのように向けている。
背筋が凍るような感覚に一瞬、息が止まる。
なんて言う迫力。これが“神”としての威厳。
止まった呼吸が正常に戻ると、龍神は面白くなさそうに視線を逸らし溜息を吐く。
「公約は先ほど聞いた通りだ。お前が私の子を成すまで、この館で過ごしてもらう。情交意外、接触する事はない。妙な情を抱くな、以上だ」
「心得て居ります」
もう一度、同じ姿勢のまま頭を下げる。今の心情で再び龍神と目線を合わせる事は出来ない。
1秒でも瞳を見ていられる自信など皆無。
悟られぬ様に、頭を下げたまま口に溜まっていた唾液を飲み干す。
龍神が今一度、詰まらなそうに溜息を吐き出し、立ちあがる気配がする。
畳を擦る足音が近づき、そしてほんの真横を通って行く。
ひんやりとした冷気が傍を駆け抜ける。
ぞくっと背中に戦慄が走り、それから間もなくして部屋には完全に龍神の気配が消えた。
酸素を求め、盛大に息を吸いこんで吐く。
「は、……はァ。死ぬかと思った。ああ、早く帰りたい」
だだっ広い部屋に言葉は木霊することなく、あっと言う間に吸い込まれていく。