神様と愛語
緋蛇はゆったりとした動作で波津から湯飲みを受け取ると、優雅に(そう見える)お茶をすすった。
「漸く、本音を零したの。嬉しいぞ」
艶のある笑みを寄越される。
視線を少し上げれば、本当に嬉しそうに笑う顔。
……ますます居た堪れない。
そしてそれまで沈黙を守っていた波津が口を開いた。
「貴女が貴女を卑下する理由が何処にもないのですよ。……先代の龍神から此処はすっかり人間嫌いの集まりになってしまった」
昔を語るように遠くを見る。
「詳しくは申し上げませんが、先代から龍神は変わってしまいました。神と言うのは民を愛し、慈しみ、見守る存在です。時には厳しく罰することもあります。それも愛が故です。神を民は愛し、民は神を愛する。……それが理です」
「ある時からそれが崩れてしまったのじゃ。……民を、人間を愛する事をやめ、軽蔑するようになってのう。民からの信仰の一歩通行になってしまった」
ずず、茶をすする音が響く。
要するに、と波津が続ける。
「貴女が此処にいる、それは責められる事ではありません。むしろ、われわれの大蛇(おろち)の館では歓迎されます。茶菓子を用意していないなんて事ありません」
「茶菓子に拘るの、波津」
「初めてのもてなしの心です」
胸を張る波津に、緋蛇はそうじゃな、と面白い物をみる様に口の端をあげる。
こうして二人の会話を聞いていると、本当に何も変わらないのかもしれないと思わせられる。
学校に通って、まるで友達との会話を笑いながら聞いているような、そんな感覚。
心の緊張が少し解れるのを感じる。
顔の筋肉が緩む。
「あり、がとうございます……。なんだか少し、気持ちが軽くなった気がします」
完全にはぬぐい切れない緊張から、笑ったつもりが少し口角が上がっただけになってしまう。
それでもその顔の変化が嬉しかったのか、緋蛇がぐぐっと距離を縮めてくる。
顔と顔の距離が……、近い。
「うむうむ、良い顔じゃ。あの時の笑顔をみたいものだが、今はこれで十分じゃ」
すりっと、頬を寄せられる。
温かく心地よい温度。