神様と愛語

ひとしきり顔や手、髪を撫でられ摺り寄せられ、最後に鼻先に唇を落とされる。

接触がやけに多いと思うのは私だけだろうか。

ちらり、と横目で波津を見てみるが気にしていないのだろう、お茶をすすっている。



「はぁ、別れが辛いのう」

「え! 別れって、あの、帰ってしまうのですか?」



穏やかな気持ちに突風が吹く。

途端に襲われる、孤独の二文字。

差し込んだ光が再び闇に覆われてしまうような絶望感を覚える。



「なんと愛い事か。余が帰るのがそんなに嫌か」

「あ……、す、すみません。……縋ってしまうようで申し訳ないんですが、……怖くて」

「そうであろうな。志乃の今日を見ればよう分かる」



緋蛇がお茶を飲み終わり帰り支度を始めている波津に上目を送る。



「……波津」

「緋蛇様、お礼を申し上げるだけだと言うお話でございます。第一、海神の館に滞在するならば桜蛇様、そして雨龍様にも申し立てなければなりません。お分かりですね、貴方も神の端くれなんですから」

「むむ、端くれとは酷い言い方ではないか。……そうじゃな、分かっておる」



はあ、と大きな溜息が近くに落ちる。

それが意味する事は分かっている。



「志乃、すまぬ。友の家に遊びにいくのとまた勝手が違うのでな」

「それに明日は桜蛇様とのお約束もあります」

「分かっておる! 口煩いやつめ。志乃、余の体と時間が空いた時にはこうして海神の館に参ろう。……それで許してはくれぬか?」



しょぼくれた顔を緋蛇の両手が包み込む。

上から見上げられ、真紅の瞳が申し訳なさそうに笑う。

此方が申し訳なくなる。



「いえ、こちらこそ我侭を言って申し訳ありませんでした。……その言葉を頂けて嬉しく思います」



先ほどよりは自然と零れた笑顔に、緋蛇は愛い愛い、と連呼し、海神の館を後にしたのだった。



そして残ったのは、やはり、孤独の二文字。

だけど、それど同時にどこか観測的希望が生まれ、初めて安眠することができたのだった。






< 22 / 28 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop