神様と愛語
ひとしきり顔や手、髪を撫でられ摺り寄せられ、最後に鼻先に唇を落とされる。
接触がやけに多いと思うのは私だけだろうか。
ちらり、と横目で波津を見てみるが気にしていないのだろう、お茶をすすっている。
「はぁ、別れが辛いのう」
「え! 別れって、あの、帰ってしまうのですか?」
穏やかな気持ちに突風が吹く。
途端に襲われる、孤独の二文字。
差し込んだ光が再び闇に覆われてしまうような絶望感を覚える。
「なんと愛い事か。余が帰るのがそんなに嫌か」
「あ……、す、すみません。……縋ってしまうようで申し訳ないんですが、……怖くて」
「そうであろうな。志乃の今日を見ればよう分かる」
緋蛇がお茶を飲み終わり帰り支度を始めている波津に上目を送る。
「……波津」
「緋蛇様、お礼を申し上げるだけだと言うお話でございます。第一、海神の館に滞在するならば桜蛇様、そして雨龍様にも申し立てなければなりません。お分かりですね、貴方も神の端くれなんですから」
「むむ、端くれとは酷い言い方ではないか。……そうじゃな、分かっておる」
はあ、と大きな溜息が近くに落ちる。
それが意味する事は分かっている。
「志乃、すまぬ。友の家に遊びにいくのとまた勝手が違うのでな」
「それに明日は桜蛇様とのお約束もあります」
「分かっておる! 口煩いやつめ。志乃、余の体と時間が空いた時にはこうして海神の館に参ろう。……それで許してはくれぬか?」
しょぼくれた顔を緋蛇の両手が包み込む。
上から見上げられ、真紅の瞳が申し訳なさそうに笑う。
此方が申し訳なくなる。
「いえ、こちらこそ我侭を言って申し訳ありませんでした。……その言葉を頂けて嬉しく思います」
先ほどよりは自然と零れた笑顔に、緋蛇は愛い愛い、と連呼し、海神の館を後にしたのだった。
そして残ったのは、やはり、孤独の二文字。
だけど、それど同時にどこか観測的希望が生まれ、初めて安眠することができたのだった。