神様と愛語
目に入ったのは波津の他にもう一人。
長く絹のように透ける腰まで流れる白い髪に真紅の瞳。
日に焼けることを知らないような真っ白な肌。
朝日に負けることなく神々しい光を放つ人物に一瞬呼吸することを忘れる。
「父上」
ごくり、と喉仏が上下するのと緋蛇が声をあげるのが重なる。
「ちち、うえ?」
「……うむ。余の父上、しいては国を治める神、桜蛇蛟八幡神だ」
「かみ、さま」
脳内が状況を整理しようと動く。
白い肌、白い髪、赤い目……、確かに何処をとっても緋蛇とそっくりだ。
いや、緋蛇が似ているのか。
それにあの神々しさ。
龍神とはまた違った恐ろしくも美しい光景。
ああ、そうか、まさしく目の前に神がいるのか。
思考がカチッ、と音を立てて止まった時、にこり、と笑う麗人が目の前にいた。
「おや、なんと愛い事か」
赤い口元が弧を描く。
「父上、志乃が怖がっております」
「おお、志乃と申すか。なんと綺麗な響きか。やはり人間と言うのは愛らしいのう」
「はっ……」
息が詰まる。
あれ、呼吸ってどうするんだっけ。
「志乃、呼吸を忘れておる。吐いて吸うのじゃ、ほれ、吐いて、吸う」
「は、はぁ、す、すぅ」
龍神の時は必ず会う覚悟をしてあっていたからだろう。
突然に当てられる神の空気にすっかり参ってしまっているようだ。
呼吸を整えて、口を開く。
「し、失礼しました。し、志乃にございます。ご子息の緋蛇様には大変良くして頂いております」
べこぉ、と深々と頭を下げる。
中々顔を上げられずにいると、ふぅ、と上から小さな溜息が降る。
何かしでかしただろうか、と一瞬肩が震える。
「そうか、ここは龍神の統治地であったな」
「志乃、顔をあげい。父上は懐の深い方であるぞ、些細なことに目くじらも立てん。どちらかと言えば鈍感なほうじゃ」
「む。なんと、言うようになりおる」
ま、殊更間違いもないがな、と柔らかい声がする。