ヴァニタス
流木のうえに腰を下ろすと、
「いい天気だね」

武藤さんが言った。

「そうですね」

私は返した。

武藤さんはジャケットのポケットに手を入れると、
「はい、さっきのりんご」

先ほどスーパーマーケットで買ってきたりんごを私に差し出した。

「ありがとうございます」

私は武藤さんの手からりんごを受け取った。

真っ赤になっているそれをかじったら、きっと美味しいと思う。

だけど私はすぐにかじることはしないで、自分の手の中でりんごを弄んだ。

武藤さんが私にりんごをくれたんだ――そう思うと、りんごをかじることができなかった。
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