ヴァニタス
違う…。

違うよ、きっと…。

彼女が言っている“ムトウ”が、武藤さんな訳ないじゃない。

「何も知らないです…」

私は首を横に振った。

答えた私に彼女は息を吐くと、
「そうですか、ありがとうございました」

そう言って、私の前から立ち去った。

彼女の後ろ姿が見えなくなっても、私はその場から動くことができなかった。

「――違うに、決まってるじゃない…」

私は小さな声で呟いた。

彼女は“ムトウ”を知っているようだった。

だけど彼女が言っている“ムトウ”が、私がよく知っている武藤さんとは限らない。

「果南ちゃん?」

その声に視線を向けると、
「あっ、武藤さん…」

武藤さんがいた。
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