ヴァニタス
武藤さんは私の額に自分の唇を落とした。

「夢じゃなくてよかった」

武藤さんが言った。

「――夢?」

夢じゃなくてよかったって、どう言うことなのだろう?

そう思って聞き返した私に、
「果南ちゃんと愛しあったことが夢だったら、どうしようかと思っていたんだ」

武藤さんが答えた。

大切なものを扱うように、武藤さんは私を抱きしめた。

私は彼の首の後ろに自分の両手を回した。

「夢じゃないですよ、武藤さん」

私は言った。

夢じゃないから、私と武藤さんはこうして抱きあっている。

「満月が美しい夜に果南ちゃんと愛しあったことを、俺は一生忘れない」

武藤さんが言った。
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