ヴァニタス
「俺も、生きててよかったって今思ってるんだ」

武藤さんが言った。

「病気になって、成功率20パーセントの手術に成功して…死ななくてよかった、生きててよかったってその時は思った。

だけど、手術後の副作用と処方された薬で苦しむことになった。

自分の思うように声を出すことができない、自分の思うようにドラムをたたくことができない…大好きだった2つのことができなくなって、ミュージシャンの道を引退せざるを得なくなった。

本当に死のうと思ってたんだ。

大好きだったそれらができなくなって、この先を生きて行くくらいだったら死んだ方がまだマシだってそう思った」

武藤さんは悲しそうに目を伏せた。

私はそんな彼の話に黙って耳を傾けていた。

ギュッと、武藤さんと繋いでいる手にほんの少しだけ力を入れた。
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