ヴァニタス
「だけど、もう1つ好きだったこと――絵を描くことを思い出した。

ミュージシャンとしての道がダメなら、画家としての道があるじゃないかって思った。

お金ならミュージシャン時代に稼いでいたのがあるし、なくなったら違う形でまた稼げばいい。

そう思って、俺は画家としての道を選んだ」

言い終わると、武藤さんは私を見つめた。

「もしあの時死んでいたら、俺は果南ちゃんに会うことができなかったと思う」

そう言った後、武藤さんは繋いでいない方の手で私の頬に触れた。

近づいてきた武藤さんの顔に、私はそっと目を閉じた。

ぬくもりが唇に一瞬だけ触れて、一瞬だけ離れた。

目を開けると、武藤さんの顔がすぐ近くにあった。

その距離に、私の心臓がドキドキと音を立てて鳴り始める。
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