ヴァニタス
果実と砂時計と、髑髏
今まで生きてきた人生の中で、恋をしたことがなかった。

恋に落ちること、恋をすること――私にとって、それは未知の世界だった。

でも…今初めて、私はその未知の世界を知った。

「――果南ちゃん…」

赤の他人である私のために涙を流す人。

赤の他人である私に、生きることを強く切望する人。

しゃがれた声と油絵の具の匂いが特徴的な男の人――武藤さんに、私は恋をした。

彼のしゃがれた声が好き。

彼の躰から漂う、油絵の具の匂いが好き。

他人のために涙を流して、私に生きることを切望してくれた彼が好き。

1人の男として武藤さんに、初めての恋をした。
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