夜明けのコーヒーには 早すぎる
 「どうか。怒りを治めて下さい」
 ぼくは言った。
 「どうして?」
 ヒロコは梅酒を一口呑んだ。目が据わっている。
 「T氏に対して、最も効果的な対処の仕方が、無視をすることだからです」
 「効果的?」
 「はい。それに、相手に怒りを感じるということは、相手に依存していることになります。ぼくは、ヒロコにそんな人に依存して欲しくはありません」
 「確かにそうね」
 ヒロコは頷き、「ありがとう。カドちゃん」ちょこんと頭を下げた。
 「いいえ。ぼくの方こそ、です」
 ぼくは日本酒をちびりと呑んだ。
 ヒロコには言わないでいたが、虐めで一番辛いのは大多数からの無視である。人間は存外、好かれても憎まれても自分を認められているという一点で自己を維持出来る。だが、自分が周りから無視され、存在自体が無かったかの様にされると、無限の孤独に追い込まれる。そして、自分を周りに認識させる為に、強行策を執らざるをえないまでに追い込まれてしまうのだ。
 虐めで自殺する人達は、自己を成立させる為に自分を殺すという矛盾を冒してしまう。心理的には、自己防衛的な殺人に近い。対象が自分か他人かというだけで、対象を抹消することでしか自己を確立出来ないのだ。
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