夜明けのコーヒーには 早すぎる
「証拠はないけど、そうとしか思えない」
 ぼくとヒロコは、何も言えなかった。否定出来るのならば、否定したかったのだけれども、状況から考えて、浮気という可能性を否定出来なかったのだ。
 それから暫くの間、沈鬱な雰囲気の中で黙々と日本酒を傾けていると、リョウコさんが口を開いた。
 「こうなる前兆はあったの」
 リョウコさんは、呟くように言った。
 「どんなことですか?」
 「去年のことなんだけどね」リョウコさんは、ぼんやりと虚空を見つめる。「結婚記念日を、旦那が忘れたんだ」
 「結婚記念日、ですか」
 「そう。結婚してから、初めて忘れられた。つまり、わたしへの興味がなくなってるのよね」
 リョウコさんは自嘲気味に呟いた。
 「リョウコ―」
 ヒロコは、どう声を掛けるべきか悩んでいるように、ぼくには見えた。勿論、ぼくにもその答えは解らない。ただ、どんな言葉を紡いでも、空虚に空回りするだけのような気がした。
 「絶対に浮気はしないと思ったから、結婚したのに、ね。今でも信じられない。切っ掛けは確かに、リカを身籠ったことだったけど、そうなる切っ掛けは、彼との結婚を意識してたからよ。彼は結婚してからもわたしに夢中で、
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