夜明けのコーヒーには 早すぎる
 但し、着物などではなく宝塚の男役のような黒いパンツスーツである。
 これは、ヒロコのせめてもの足掻きであった。
 これで、相手が愛想を尽かしてくれればいいのだが。
 「やれやれ」
 ヒロコは頭を掻きかき、料亭に入った。
 相手の男性は既に来ていたようで、ヒロコは奥に通される。
 部屋に入ると、男性は胡座(あぐら)をかいてお茶を啜っていた。
 男性はヒロコを認めると、慌てて立ち上がり、「あっ、どうも初めまして。ぼく、スイセイっていいます」と言って頭を下げた。
 「初めまして」ヒロコは内心苦笑しつつも、表情は変えない。「カトウヒロコです」
 「はい。噂は予々(かねがね)、伺っています」
 スイセイは、ぺこぺこ会釈を繰り返しながら言った。
 「噂、ですか?」
 「ええ」
 どんな噂だろうか?
 ヒロコは一瞬気になったが、取り敢えず腰を落ち着けることにした。
 「取り敢えず座りませんか?立ち話しをしたいと仰るならば、別ですが」
 「はいっ、そうですね。すみません。気が付かなくて」
 スイセイは元座っていた場所に、正座をした。
 ヒロコはその向かいに、胡座(あぐら)をかく。
 「足を」ヒロコは微笑む。「崩されては如何ですか?」
 「はい。恐縮です」
 スイセイは足を崩し、胡座(あぐら)をかいた。
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