夜明けのコーヒーには 早すぎる
 「ユラくん、何かあったのかい?」
 スイセイ氏は、見てるこっちが「大丈夫か」と聞きたくなる様な顔をしている。
 心底、ユラさんを心配しているのが判るというものだ。
 「少し、嫌なことがありまして」
 ユラさんは梅酒を呷って、お代わりを注文する。
 「嫌なこと―」
 スイセイ氏は呟く様に言った。
 ユラさんに事情を聞くべきか否か、迷っているのが窺える。
 ユラさんは、梅酒のお代わりを一口呑んで、「わたし、無性愛者なんです」とぼく達を、順に見回しながら言った。
 「ユラくん―」
 スイセイ氏は、ユラさんを見つめている。
 ユラさんは、スイセイ氏に微笑みながら頷いた。
 「いいんです。先生。このお二人なら、大丈夫でしょうから。それに、わたしは先生にユリとヒロコさんのことを言ってしまいました。これでお相子ですよ」
 「無性愛者―A(エイ)セクシュアルですか」
 ぼくは頷き、日本酒を呷った。
 「性的指向がない。或いは、恋愛感情や性的欲求がいずれの性別にも向かわない性的指向だったわね」
 ヒロコがユラさんに確認する様に言うと、ユラさんは頷いた。
 「嫌なことっていうのは、結婚のことです」
 「結婚?」
 ヒロコが首を傾げる。
 ぼくも、つられて傾げてしまった。
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