あたし、猫かぶってます。


 「結衣は、早瀬くんと関わって変わったよね。」

 ふと、あたしの腕を押さえつける力が弱くなる。


 「人に優しくなったし、人を信じるようになったし、楽しそうに笑うようになった。」

 言われてみれば、そうなのかもしれない。


 早瀬に会うまでのあたしは、今より性格が悪くて、人なんか信じてなかったし、学校だって楽しくなかった。


 「由真のことがあって、人を信じなくなった結衣が変わって、すごく嬉しかった。」

 いつもそう。あたしのことなのに、自分のことのように喜んでくれる。


 「だけど、早瀬くんと仲良くしているのをみるたびに、心の奥がドロドロした黒い感情で染まるような感覚になるんだ。」

 そんな奏多が、あたしに反抗したのは初めてだった。


 「早瀬くんに取られるくらいなら、俺が全部壊す。」

 冗談じゃないのは、目を見たら分かる。勢いとかじゃなくて、冷静にそう言う奏多。ーーバカじゃないの。



 「奏多は、早瀬のことが嫌いなの?」


 「…嫌い、じゃない。結衣は当たり前に大切だし。早瀬くんのことも大切って思えるようになった。だから、こんな感情になる自分に嫌気がさす。」



 「いっそ、結衣にも早瀬くんにも嫌われた方が楽。」

 投げやりな言い方。何をいっても、きっと今の奏多には伝わらないなら。





 ーーーーギュッ


 弱まった奏多の腕をのけて、思い切り抱き付く。


 「…奏多、一発殴っていい?」

 殴っちゃえば、伝わるのかな?


 ーーなんも分かってないな、奏多。ほんとに、バカだよ。あたしが早瀬を好きだとでも言いたいの?


 泣きそうな顔で「壊す」なんて言われても、全然怖くないし。むしろ壊れかけているのは奏多の方だよ。




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