あたし、猫かぶってます。


 「何言ってんだよ、奏多。」

 俺はあの時、確かに結衣に振られた。奏多を裏切れないからって、拒絶されたのは俺の方だ。



 「お前の妄想だろ…?」

 奏多より俺が好きだなんて、辻褄が合わない。それならなんで結衣は奏多と付き合って、俺を振ったんだよ。


 「結衣に、早瀬くんが好きだってーー泣きながら謝られた。」

 あいつ、また泣いたのかよ。ビービービービー餓鬼みたいに泣いて。アホかよ。


 「でも、結衣さ、早瀬くんと俺が幸せになるまで、俺とも早瀬くんとも関わらない、なんて言うんだ。」

 困ったように笑いながら、そう言う奏多。


 「自己中なくせに、変に気を遣うよな、あいつ。」

 だからこそ、いちいち気になって仕方ないんだ。



 「だから、早瀬くんを想ったままでいいから、俺に悪いと思ってんなら、付き合ってよって言った。」


 「…は?」


 「早瀬くんを忘れさせてあげるから、俺を裏切らないでって、1人にしないでって言った。そしたら、黙って頷いたよ。」


 ムカついた。ーー全てのことに。



 「早瀬くんが今更結衣を追い掛けたって、きっと結衣は俺を拒絶できない。」

 裏切り、1人、…なんて。結衣からすれば一番きつい言葉だ。


 「俺は、卑怯な手段だとしても、結衣を縛ってでもーー早瀬くんに渡すつもりは無い。」


 …渡すつもりは無い、か。

 殴られた頬より、胸の方が何倍も痛ぇ。


 渡すも何も、


 「俺は、結衣を諦めたんだよ。」

 俺はこれ以上、結衣に触れて泣かせたく無い。ーーーてか、両想いだろうが、なんだろうが、そんな資格ねぇよ。


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