あたし、猫かぶってます。


 「なにも知らないよ。」

 奏多から顔を逸らしてそう言えば、さっきまであたしのほっぺたを撫でていた手が、あたしの顎をグッと掴む。


 強制的に奏多の方に向かせられて、逃げられない。


 「なにを知ったの?」

 不機嫌にそう聞く奏多からは、いつもみたいなフワフワなオーラは感じられなかった。


 「俺と佐伯がキスしたこと?」


 「なにそれ。」

 知ってる、けど、知らないふりをしなければいけない。


 昨日、本当は起きていたなんて。奏多と佐伯さと美にだけは知られたくない。汚い感情でドロドロなあたしを、知られたくない。



 「答えてよ結衣。こんなの納得いかない。」

 今まであたしが知らないといえば、奏多はそうかと言って流してくれたし、あたしが嫌がる質問は自然と避けてくれていたのに。


 「だからあたしは、」


 「結衣は、俺と佐伯の何を知ったの?」

 今日の奏多は、どこかおかしい。


 佐伯さと美のことなんかに、なんでそんな一生懸命なの?佐伯さと美が無理矢理キスしたんだよね?なにを隠してるの?なにを知られたくないの?


 そんなに必死になって誤魔化そうとしているものはなに?佐伯さと美と奏多の関係は、あたしに知られたらまずいものなの?



 「俺と佐伯が昨日会っていたこと?」


 「知らない…っ!!」

 どんどん暴かれる佐伯さと美と奏多の関係。


 知りたいけど、知りたくない。佐伯さと美と一緒に居る奏多なんて、あたしは知らない。奏多は、佐伯さと美とどんな気持ちで会っていたかなんて。

 知りたくない。 


 言わないで。知らないままなら、まだ奏多の隣でいい子にしてるから。奏多の彼女として、繋ぎ止めていれるから。

 言ったら多分、あたしはーーー奏多を傷つけてしまうから。





 「佐伯に告白されたこと?」


 そんなあたしの気持ちとは裏腹に、どんどん佐伯さと美との関係を告げていく奏多の口は止まらない。


 ぽろり、ぽろりと奏多の口からでる真実と、あたしの瞳からでる涙は、比例しているようだ。





 「俺と佐伯が、付き合ってたこと?」


 「え…?」


 あたしは、息を呑んだ。



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