あたし、猫かぶってます。


 「っ、」

 ドンッと、思い切り佐伯さんを突き飛ばす。驚きとか、怒りとか感じる前にほぼ反射的に突き飛ばした。


 「痛…っ!!」

 佐伯さんの小さな叫びでさえ、イラッとしてしまう俺は、よっぽど先程のキスがショックだったらしい。


 椅子から転げ落ちて腕を押さえている佐伯さんは、泣いている。ずっと腕を押さえて、何度も「痛い、痛い」と繰り返す佐伯さん。

 キスされて、思春期の繊細なココロを傷付けられた俺だって泣きたいのに。佐伯さんはまた、悲劇のヒロインを演じるつもりか。


 「…ごめん。」

 彼女に謝ったら負け、それは分かっているけど。女の子を突き飛ばして怪我をさせて、それでも自分の感情を優先できるほど俺は神経が図太くない。



 「痛い、痛いよう…っ、」


 それなのに。

 いつもなら、俺が謝ればヘラッと笑う佐伯さんが、何度も痛い痛いと繰り返して泣いていて、いつもと違うような、そんな気がした。


 「佐伯、さん…?」


 「痛い痛い痛い痛い…!!」

 さっきから痛い、しか言わない佐伯さんに、不安を覚える。俺はそんなに力が強くないし、でも咄嗟に突き飛ばしたから、もしかしたら力が強かったかもしれない。



 「佐伯さん、佐伯!!大丈夫!?」 

 そう言って腕に触ろうとしたら、パシッと振り払われた。


 「病院…連れて行って。」

 泣きじゃくりながらそう言う佐伯さん。これは俺の責任だ、そう思った俺は佐伯さんをおぶって近くの病院まで走った。


 必死な俺は気付かなかったんだ。腕が本当に痛かったらおんぶしてなんて、普通は言わないということに。


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