あたし、猫かぶってます。
「佐伯さん、大丈夫だった…?」
不安な気持ちを抱えながら、治療が終わった佐伯さんの元に駆け寄る。湿布が貼られている右腕を押さえながら佐伯さんはニコリと笑う。
「大丈夫だよ。」
その言葉に安堵したのも束の間。ーー突然泣き出した佐伯さん。
「うぇ…っ、」
何がなんだか分からない俺は焦りながら佐伯さんの背中をさする。泣いている理由が、どんなに考えても分からない。
「腕が痛い、本当は湿布なんかじゃ治まらない…っ、」
俯きながらそう言う佐伯さん。その言葉に、自分のやってしまったことを思い知らされた。
「腕が治らなきゃ体育も出来ないし、字だって書けない。それに、彼氏だって、こんな私じゃ出来ない!!」
今思い返すと、おかしいところだらけだった。体育や字は仕方ないとして、腕に怪我しているから俺と結ばれないなんて。
腕がどうであろうと、佐伯と付き合うつもりなんてなかったのに。
罪悪感は、俺から《冷静さ》を奪っていって、俺は信じられない言葉を口にした。
「明日から、俺が佐伯さんの右腕が治るまで、面倒看るよ。ノートだって、二人分書くし、体育だって、一緒に休む。それにーー」
「佐伯さんの右腕が治るまで、俺が佐伯さんの彼氏になる。」
その時は、自分のしたことの大きさから、佐伯に許してもらえる最大限のことをしようと、純粋にそう思った。
だから、自分があれだけ自分自身に言い聞かせていた言葉を思い出す余裕も無く、
「奏多くん…っ、ありがとう!!」
ただ、ただ。佐伯の笑顔に、安堵することしかできなかった。
《佐伯に謝ったら、負け》この事実にもう一度気が付くのは、佐伯という人物の全てを知った後だった。