あたし、猫かぶってます。


 「結衣になに言ったの。」

 部屋に入り次第、口から漏れた言葉。座って落ち着いて話すなんて無理で、自分でも切羽詰まっているんだなと自覚した。


 「結衣ちゃんがそう言っていたんですか?」

 やけにわざとらしい敬語とか、試すような瞳とか、佐伯の一つ一つが俺から余裕を奪っていく。


 「言ってたら、佐伯に聞いてない。」

 問題なのは、結衣が俺に言わなかったことだ。


 今までの結衣なら、俺が結衣のことを優先するのが大前提で、優しくされることはあっても、気を遣うなんてことなかった。


 「言ったの、言ってないの、どっち?」


 「…言ってないです。」


 「なら、もういい。帰って。」

 佐伯に聞いてから思うのもバカみたいだけど、結衣に聞いた方がよっぽど利口だ。


 「奏多くん…っ!!」

 俺の言葉に、佐伯は泣きそうな顔をして俺を見る。



 「なに。」


 「結衣ちゃんと別れなくていいから、また、会いたい。」


 「付き合ってた時、学校以外で会った覚えないけど。」

 冷たい声でそう言うけど、佐伯は折れない。なんなんだよ、まじで。俺じゃなくてもいいじゃん別に。


 「そんなに結衣ちゃんが、好き?」


 「好き?そんなんじゃないよ。」

 好き、この二文字だけじゃ全然足りないよね。



 「何よりも、誰よりも、愛してんの。」

 結衣が誰を好きになろうと、結衣が誰に愛されようと、俺は今も昔もずっと結衣を想うだろう。


 「…っ、帰る。」

 そう言って部屋を出て行く佐伯に溜め息が漏れた。



 「…許さない。」

 そして、佐伯の小さな呟きは、誰にも届くことなく俺の溜め息と共に消えていった。


 俺は脱力感と倦怠感に襲われて、ベッドに倒れ込んで、そのまま眠りについた。



< 231 / 282 >

この作品をシェア

pagetop