あたし、猫かぶってます。
あたし、早瀬結衣です。


 「結衣ちゃん、ここに居るの?」

 すぐ近くで声が聞こえた。あたしは小さく「うん」と返事をして、跳ねる心臓に手を当てた。


 「…なにか用?」

 自分でも、嫌な言い方だと思う。騙していたくせに開き直って威張るなよ、みたいな。


 だけれど、これからキツいことを言われるって分かっている相手に、心を許しちゃだめだと心がそう言っている。


 「早瀬くんと奏多くんとちぃちゃんとちぃちゃんの彼氏から、聞いたんだ。」

 その言葉にピクッと反応してしまう。


 聞いたって何を?中学の時に女子から無視されて人を信じられなくなった可哀想な子って?

 猫をかぶることで自分を守ってきたことは仕方ないって?


 「なに、謝りにきたの?」

 早瀬が言っていたから、奏多が言っていたから、知奈が言っていたから、麻紘が言っていたから、なんて。聞きたくない。


 本当はあたしのこと嫌いなくせに、早瀬達に言われたからとりあえず仲良くしてやろう、みたいな?


 「…うん。」

 さっきあたしに大嫌いと大きな声で言っていた威勢の良さが嘘みたいで、小さく返事をしたその態度に、我慢していた気持ちが弾けた。



 「いらない!!」

 なんで、どうして、あたしは世の中を渡るのが下手くそなのだろう。


 謝りに来たのが嫌だったんじゃない。でも、大嫌いという言葉は紛れもなくこの子の本音だった。その本音を、早瀬達の一言二言で謝っているということが嫌だったんだ。


 嫌われるのは慣れている。中学の時なんて味方を探すより敵を探す方がたくさん見つかったし。

 だけど、


 「本音だったくせに、謝るとか適当なこと言わないで!!帰ってよ…」

 味方になろうとしてくれて、差し伸べられる手には、いつまで経っても慣れないんだ。


 素直じゃない、分かっているけど。これが早瀬結衣なんだもん。


< 250 / 282 >

この作品をシェア

pagetop