あたし、猫かぶってます。
「…早瀬。」
早瀬朔。
「…奏多。」
秋村奏多。
誰も居ない廊下で、2人の名前を呼んでみる。
「ーーーなに?」
後ろから聞こえた声に振り向けばーーあたしの鞄を持っている奏多が、居た。
「奏ーー「結衣、まだ早瀬くんに伝えてないの?ほんと、俺が傷付かないように必死だよね、結衣は。」
優しく笑ったままの奏多。でも、まるで近付くなと言いたげな雰囲気に、違和感を感じる。
「奏多?」
そう呼んでいるのに、奏多は返事をしてくれない。こんなこと、今まで一緒に居て初めてだ。
「もう、いいや。」
「え、っと。奏多…?」
「ーーーもういいよ。結衣は幸せにならなきゃダメだよ。」
寂しそうなのに、嬉しそうに。切なそうなのに、幸せそうに。鞄をあたしに投げながら、奏多は言った。
「 」
「…っ、」
《別れよう》
確かにそう言って。
「屋上前の階段。…行くべきところはそこじゃない?」
そう言って、ニヤリと意地悪な笑顔をあたしに向けた。
「奏ーー「言い訳なら後で聞く。とりあえず朔くんに自分の気持ち伝えるまでは、結衣の話は聞かないよ。」
そう言われて、あたしの言葉は遮られる。
「行け、結衣。」
奏多らしくない命令口調に、奏多らしくない強めの言い方。だけど、奏多の優しさが凝縮されたその四文字に、あたしは駆け出した。
今じゃなきゃ、ダメだ。
早瀬結衣の答えはーーー決まっているんだもん。