ここに在らず。
気づいたら、私はナツキさんの袖を強く握っていた。私の視線は俯いたまま、つかんでいる袖へと向けられる。ナツキさんと離れたく無いと、そう思った。置いて行かないで欲しいと、傍にいて欲しいと思った。その時の隣に立って居るナツキさんが、どんな表情をしているかは確認していない。そんな余裕は無かった。
「……帰るか?」
私より背の高いナツキさん。少し上から声が降りてきた。
『帰るか?』
その言葉にーー尋ねられたと気づいた時に、私は胸が押し潰されそうになる。
正しい答えが、見つからない。
「い、行きたく無いです。独りになりたく無いから。でも…」
…帰るなんて出来ない。そう思った。
「こんなに嫌なのに、怖いのに、ここで帰ったらダメだと分かっているのに、足が動きません。行きたくありません。でも行かないと…帰るなんて、そんな事出来ない」