千恋☆ロマンス Ⅱ

紫陽花side



「永遠子ちゃん……それ……なんだ?」


「姉ちゃん……かなr……ちょっとイタいよ……?」



美鞠と弟が、心から憐れむような目で姫を見る。



『《可哀想だから言ってやるな。》』



まだ憑依の回数も少ないから、姫は意識はあるものの、言葉は発せられない。



修行しだいでは、花の精と花姫の意識を半々にして、両方の技を使えたり出来るようになる。



姫は優秀。これからに期待だな。





「これが、花姫の憑依ですか。本物は初めて見ました。感動です。」



感情のこもってない目で女は言う。




絶対感動してないだろうし、感動してるといって欲しくない。






「花姫に仕える勇敢な紫陽花の精に免じて、最後のチャンスをあげましょう。今逃げればあなた達は助けてあげます。」



美鞠と姫を見る。



「帰るも何も、何処かの馬鹿春日屋四仙のせいでここから出られないんだ。あ、永遠子ちゃんじゃないぞ。」



『《姫の願いは絶対だ。》』



そう俺と美鞠が言うと、天命府の女はにやりと笑った。



「残念です。」



ザッ──!



途端に大きな鎌が目の前に振り下ろされた。




すぐに俺はその辺に落ちていた朱色の、恐らく神社の備品と思われる長い木の棒に術をかけて強く補強して、鎌を受け止める。




そうでもしなければ、多分殺られる。





女とは思えないほどの腕力だからだ。




タタタッ───


ビュンッ




『《チッ……》』




女は勢いをつけて走り、鎌を大きく振り……俺の……いや、姫の上に馬乗りになっている。



かろうじて鎌を受け止めているが、この体は姫の。


腕力はない。


腕がプルプルと震える。




「姉ちゃん!」



俺は目を見開いた。


女の後ろから机が飛んでくるのが見えたからだ。


それは、声から判断して姫の弟が投げたらしい。


───もちろん女はそれを避けた。



ガンッ




『《馬鹿者!姫の美しい顔に傷がついた!!》』


「ごめん!!」



「永遠子ちゃん!そいつを押さえつけろ!」


『《無茶言うな!それが出来ればもうしてる!!》』


「……なら仕方がない。永遠子ちゃん、避けてろよ?」



また俺は目を見開く事になる。


今度は後ろから、大量の針が投げられるのを見たからだ。







ザザザザザザザザッ








『《……っ、避けられるか!!ていうかどこから出した!!》』



「浴衣の帯に仕込んでる。ちなみにいつもはドレスのスカートの中にだ。」






しかしそれは予想以上に効いた。



「っ……痛い……です。」



よろけて項垂れる女に美鞠は仁王立ちで冷たい視線を向ける。







「だろうな。潤もいつも痛いと言っている。」



『《それは……可哀想だ……》』



敵ながら……同情する。








「“クロスステッチ”。」



黄色い刺繍糸のようなものが、床と女を縫いつける。



「これでもう、お前はここから動けない。」



大人しく観念しろという美鞠。


終わったと、思った。





















「舐めてもらっちゃ、困ります。」


女がそう言うと、黄色の糸が……消えていた。




「なっ……」


美鞠は顔を青くした。




最も、顔を青くしたのは美鞠だけではないが。







「早く帰らないと、機嫌を損ねた暁様が誰か消しちゃうでしょう?」



人員不足なんですよ、困っちゃいますと女は笑う。







「“動くな。”」




美鞠も、明希も、俺も、その場から動けない。


まるで、金縛りがかかったかのように。






女は鎌を弟に向かって、振りおろした。






『明希ーー!!!!』



話せないはずの、姫の悲鳴だけが、部屋に響いた。























「何であなたがいるのですか。」



私はぎゅっと瞑った目を開ける。


明希が……いた。


生きていた。




そして、明希に振りかざされた鎌を受け止めていたのは、同じく大きな鎌で。



受け止めていたのは、長い髪の少女だった。













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