恋人を振り向かせる方法
今日ほど、仕事に身が入らなかった日もない。
仕事終わりの約束が待ち遠しくて、営業回りでオフィスにいない敦哉さんを恋しく思っていたのだから。
「お疲れさまでした」
人もまばらになった頃、帰り支度を急いでオフィスを出た。
表向きは直帰となっている敦哉さんから、ついさっき戻ってきたとメールが届いたからだ。
無意識に速くなる足取りで、ビルの裏玄関へと急ぐ。
ここは、主に正面玄関がロックをされた後に使われる玄関で、 それまでは滅多に人が使わない。
だから、待ち合わせをするにはもってこいなのだ。
「愛来、そんなに急がなくて良かったのに」
息を切らせて来た私に、敦哉さんは苦笑いをした。
「だって、早く会いたかったから•••」
そんなセリフを遠慮なく言えるのが嬉しい。
溢れる想いが自然と口を突いて出たのだった。
「そんな風に思ってくれるのは嬉しいな。俺も愛来に会いたくて、仕事を早くこなしてきたんだよ」
「敦哉さん•••」
やっぱり、気の利いた返事が出来ない。
この甘いやり取りに慣れるのには時間がかかりそうだ。
それにしても、敦哉さんは私の事をいつから好きだったのだろう。
本音を言えば、告白に即OKを貰えただけでも意外だというのに、こうやって胸が躍るような言葉をかけて貰えるのはもっと意外だ。
その内には聞いてみよう。
敦哉さんは、いつから私を好きだったのかを。
「よし!何か食べて、今夜はうちへ招待するよ。といっても、大した部屋じゃないけどな」
「えっ!?敦哉さんの部屋へ行っていいの?」
歩き出した敦哉さんの後ろで、思わず立ち止まった。
まさか昨日の今日で、部屋へ招待されるとは思わなかったからだ。
すると、敦哉さんこそ不思議そうな顔を浮かべて振り向いたのだった。
「ああ、もちろんいいよ。それにしても、そんなに驚く事か?ほら、早く行こう。今夜はパスタにしないか?愛来、食べられる?」
「あ、うん。麺類は好きだから」
驚く事じゃないのか。
そうなのか。
でも、それは当たり前だ。
だって私たちは恋人同士なのだから。
恋人の部屋へ行く事はごく自然だ。
先を歩く敦哉さんを小走りで追いかける。
すると、敦哉さんの手がこちらへ向いた。
それは、手を繋ごうと言ってくれていて、私はその手を飛びつく様に握ったのだった。