恋人を振り向かせる方法
敦哉さんが連れて行ってくれた店は、庶民的なイタリアンの店だった。
美味しいのにリーズナブルで、内装はオシャレだけど、肩の力を抜けられる。
敦哉さんと過ごす時間は、自分を変に飾る必要のない快適な時間だと、付き合い始めて二日目で感じたのだった。
「ここだよ、アパート。普通の感じだろ?」
「うん」
店が立ち並ぶ場所を抜けた先にある大通り沿いに、敦哉さんの住んでいるアパートがあった。
ビルに挟まれて建っているそれは、シンプルなコンクリートの5階建てで、見た限りではワンフロアに2部屋しかない様だ。
「ここの3階が俺の部屋なんだ。行こう」
引っ張られるようにして玄関へ行くと、私のアパートと同じ様にオートロック式になっている。
「そうだ。解除の番号を、愛来にも教えておくよ」
「えっ?私にも?」
「ああ。今夜、これを渡しておこうと思ってさ」
そう言って敦哉さんが差し出したのは、いたって普通の鍵だった。
「何ですか、これ?」
何と無く勢いで受け取ると、敦哉さんは吹き出した。
「ったく、愛来はけっこう天然だよな?俺の部屋の合鍵だよ。愛来に持っていて欲しいんだ」
「合鍵!?」
思わず声を上げると、敦哉さんはわざとらしく片方の耳を手で塞いで顔をしかめた。
「いちいち驚くなって。これからは、勝手に来てくれてらいいから。俺に会いたくなったら来て?」
「ええっ!?」
そんな簡単に出入りをしても、いいものなのか。
戸惑うばかりの私に、敦哉さんは意地悪く笑みを向けたのだった。
「俺が会いたくなった時にも来てな。愛来が待ってくれてたら、家へ帰る楽しみもあるから」
「う、うん•••」
小さく頷いた私は、解除の番号を教えられ、エレベーターへと向かわされたのだった。
それにしても、敦哉さんはあんな赤面するセリフを、よく恥ずかしげもなく言えるものだ。
そんな事を考えながらエレベーターに乗り込み、敦哉さんを見上げる。
すると目が合い、一瞬の内にキスをされた。
それも、軽く唇に触れるものではなく、深く激しいキスをされたのだった。
「敦哉さん•••、こんな場所で」
そう言うのが精一杯だけれど、エレベーターはあっという間に3階へ着きホッとする。
肩で息をする私とは違い、余裕な敦哉さんは私の手を引いて、涼しい顔で部屋の玄関ドアを開けたのだった。
「どうぞ」
口角を小さく上げて微笑む敦哉さんに促され部屋に入る。
すると、すぐにドアの鍵が閉まり緊張が走った。
そして、真っ暗な玄関で私は後ろから抱きしめられたのだった。