恋人を振り向かせる方法
偽装恋人関係の始まり


「一人息子•••。全然知らなかった」

呆然とする私に、敦哉さんは少し強張った顔を向けた。

「誰にも言ってないからな。オヤジとは、ずっと絶縁状態だし」

なるほど。
だから、住んでいる場所だって普通のアパートだったってわけか。
本来ならきっと、高級マンションなどに住んでいる人に違いない。
その上、新島グループとは無関係のIT企業に勤めているのだから、よほどお父さんと深い溝があるのだろう。

「じゃあ、今日のパーティーは偶然にお父さんに会ったって事なの?」

と言いながら、それもおかしいような気がしていた。
思い返してみれば、ここへ入る時点で、チェックをしていた人は敦哉さんを知っている様だった。
さらに敦哉さんは、お父さんが根回ししているというような事を口にしていたのだから。
すると、やはり敦哉さんは、首をゆっくり横に振ったのだった。

「偶然じゃない。今日はオヤジから呼ばれていたんだ」

「呼ばれてた?じゃあ、お父さんたちはこの船で旅行中だったって事?」

すると、敦哉さんは小さく吹き出したのだった。

「違うよ。この船はオヤジの所有だから、今日のパーティーに顔を出してるだけ。そして今夜は俺に、政略結婚を決めさせようと企んでたんだよ」

「お父さんの所有!?それに、政略結婚!?」

それに驚かないわけがなく、声が大きくなってしまい、敦哉さんに顔をしかめられたのだった。

「だけど、俺は断るつもりなんだ。だから、今日は愛来を連れて来たってわけ」

「えっ?待って。じゃあ、私をお父さんたちに紹介するつもりなの?」

「ああ。だから、指輪も用意したんだよ。恋人が出来たって言えば、さすがに奈子(なこ)も諦めるだろうし」

「奈子?」

思わず聞き返すと、敦哉さんは我に返った様に口を手で覆ったのだった。
どうやら、口を滑らせたらしい。
そして敦哉さんは小さく咳払いをすると、私をもう一度改まって見たのだった。

「高崎(たかさき)奈子。テレビ局の社長令嬢で、愛来と同じ歳だよ。彼女は幼なじみでもあって、今回の結婚相手に浮上したんだ」

「幼なじみなの?じゃあ、よく知ってる相手なのね。それでも嫌だって事は•••。そんなに私の事を?」

普段とは違う雰囲気に、ロマンチックムードも高まるというものだ。
敦哉さんの隠された正体には驚きだけれど、恋人が財閥の御曹司というのも悪くない。
ただ、お父さんには反対されるだろうけれど。
意に沿わない結婚をきっぱり断る為に私を連れて来た。
社長令嬢よりも、私を選んでくれた。
それが嬉しくて、期待を込めて次の言葉を待っていたのだった。
『好き』という言葉を待っていた。
けれど•••。

「悪いな愛来。だから、お前を利用させてもらった。しばらくは、俺の恋人であり続けてくれないか?」

返ってきた言葉は、耳を疑う様なとんでもない内容だったのだ。
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