恋人を振り向かせる方法
振り向くと、そこには可愛らしい女性が立っていた。
私もたいがい小柄だけれど、その人は私よりも小さい。
全体的に華奢で、大きな二重の目と、ストレートなセミロングの黒髪が印象的だ。
さらに、白いシフォンワンピースが、品良く似合っていた。
「奈子じゃないか。久しぶりだな」
奈子!?
じゃあ、この人が敦哉さんの幼なじみで、結婚相手の候補になった人か。
さすがテレビ局の社長令嬢だけあって、品の良いオーラを放っている。
確か、同じ歳のはずだけれど、20代前半くらいに見えた。
「敦哉くん、今何やってたの?」
奈子さんは、顔を青くして声を震わせている。
どうやら、今のキスを見られたらしい。
動揺するのは私も同じで、心の準備が出来る前に登場した敦哉さんの結婚相手に、完全に頭は混乱していた。
それに、キスをされたところまで見られたのだから、どんな言い訳をしようかと思考回路が乱れる。
だけど、敦哉さんは涼しい顔でしれっと答えたのだった。
「何って、キスだよ。奈子にも紹介するな。俺の彼女、須藤愛来。覚えてやって」
突然の紹介に戸惑う私の背中を、敦哉さんは軽く叩いた。
話を合わせろと言いたいのだろう。
もちろん、そのつもりだけれど、いきなり核心部分に触れたのだ。
動揺しないわけがない。
それでも愛想笑いを浮かべると、奈子さんへ挨拶をしたのだった。
「初めまして。奈子さんとは同じ歳みたいなので、よろしくお願いしますね」
なんて白々しいのだろうと、自分でも思う。
本音を言うなら、よろしくなんてして欲しくない。
むしろ、今日限りで会いたくないくらいだ。
すると、奈子さんは強張った顔を向けた。
「高崎奈子です•••。ねえ、敦哉くん!今日は、私たちの婚約を決める日よ?分かってるでしょ?」
私への挨拶をそこそこに、奈子さんの視線は敦哉さんへ移ったのだった。
だけど、肝心の敦哉さんは冷たい感じだ。
「分かってるんだけどさ、見ての通り俺には彼女がいるからな。結婚は無理だ」
「無理って、私たちの結婚は、会社の為なんだよ?今さら、他に恋人が出来ましたなんて、許されるわけないじゃない」
完全に焦り始めた奈子さんとは対照的に、敦哉さんは平然としている。
そして、これみよがしに私の腰へ手を回すと、引き寄せるようにして歩き出したのだった。
その上、振り向きもせず奈子さんの言葉に応えていた。
「そうは言ってもなぁ。俺、そもそも政略結婚に興味無いし、愛来が好きなんだ。ごめんな、奈子。今からオヤジに説明に行くから、奈子もついて来いよ」
すると、後を追いかける様に、小走りに駆けてくるヒール音が聞こえる。
何もかも敦哉さんの演技だと分かっているけれど、それでも『愛来が好き』という言葉に、胸を高鳴らせる自分がいたのだった。