恋人を振り向かせる方法
船内の中心部は、いわゆるホールになっていて、クラシックの生演奏や、バーカウンター、それにフレンチレストランなどがあり、みんな思い思いの場所で過ごしている。
大多数の人が年配の夫婦らしき人だけれど、ちらほらと若い男女も目についた。
きっと、敦哉さんや奈子さんの様なお金持ちのご息女なのだろう。
到底、私が足を踏み入れられる場所ではない。
敦哉さんに引っ張られるまま、ホールを抜けた先に金色のドアがある。
その前で、ようやく足は止まったのだった。
「何?このドアは」
無意識に口にした瞬間、それに答えたのは奈子さんだった。
「知らないの?愛来さんて、まさかここへ来たの初めて?」
「え?ま、まあ•••。初めて、かな?」
嫌悪感たっぷりに言う奈子さんに、マズイ事を口にしたかと緊張が走る。
よく考えたら、敦哉さんの事情もプライベートも何も知らないのだ。
ボロを出さない様に、口は慎もう。
肩をすくめて小さくなった時だった。
「奈子、そういう言い方はないんじゃないか?彼女とは、付き合い始めたばかりなんだ。ここが初めてでも、おかしくないだろ?」
凄味をきかせた言い方に、奈子さんは険しい表情のまま黙ってしまった。
もしかして、庇ってくれたのだろうか。
それとも、これも演技なのだろうか。
どちらにしても、敦哉さんの言動の一つ一つ一つが、私の胸を高鳴らせているのには間違いなかった。
そして、敦哉さんはドアを軽く二度ノックすると、部屋へ入ったのだった。
そこは、個室になっていて、体が沈むほどのソファーが3脚と、ガラステーブルが置かれている。
ソファーは、1脚で4人は座れそうな大きさで、すでに2組の夫婦らしき男女が座っていた。
1人は敦哉さんのお父さんで、その隣の女性はお母さんだろう。
細くて美人な人だ。
黒髪はアップにしていて、タイトな黒いイブニングドレスが似合っている。
ただ、無表情のせいか、それとも横目で睨まれているからか、冷たい雰囲気が感じられた。
そしてその向かいには、恰幅のいいメガネ姿の男性と、派手めな女性が座っている。
おそらく、奈子さんの両親だろう。
お父さんの方は濃いグレーのスーツ姿だけれど、お母さんの方は胸元が強調されたミニ丈のワンピースで、髪は栗色の巻髪だ。
奈子さんの雰囲気とは全然違い、かなり違和感がある。
それに、お母さんと呼ぶにはかなり若い感じだ。
「敦哉、どこまでも自分の立ち位置が分からないみたいだな。そちらのお嬢さんには、出て行ってもらいなさい」
殺伐とした空気の中、それを切り裂く様にお父さんが言ったのだった。
だけど、敦哉さんの返事は、さらにそれを裂いたのだった。
「愛来は俺の恋人だ。彼女を追い出すなら、俺も出て行くよ」