恋人を振り向かせる方法
「嫌がらせって何だよ。奈子もいい加減俺の事を諦めて、もっと自由に恋愛しろよ。バイバイ」
ほとんど無理矢理ではないかと思うくらいに、乱暴にドアが閉まる音がする。
深いため息が聞こえた後、シーツの上から軽く突つかれた。
「愛来?何で潜り込んでるんだよ?」
「だって•••。奈子さんと目が合っちゃったんだもん」
おずおずと答えると、軽快な笑い声と共にシーツがはぐられた。
「それは気まずかったな。じゃあ、ゆっくりと続きをしよう」
敦哉さんは、そう言って再びキスをしてきたけれど、すっかり我に返った私は、それに応える事が出来ない。
「なんだか、シラフに戻っちゃった」
ゆっくりと体を押し返すと、敦哉さんは肩を落として寝転がったのだった。
「何だよそれ。俺はヤル気満々だったんだけどな」
口を尖らせる姿に、思わず吹き出す。
「敦哉さんてば、拗ねちゃって子供みたい」
すると、敦哉さんはますます恨めしそうに私を見た。
「35歳のオッサンだよ、俺は」
「もう、ひねくれないでよ。可愛いなぁって思っただけなのに」
そして飛び込む様に、敦哉さんの胸に顔を埋めると、優しく頭を撫でられた。
こういう時間を過ごしていると、私たちが本当の恋人同士でないとは思えない。
つい、勘違いしてしまいそうだ。
敦哉さんから愛されていると。
「ねえ、さっきお父さんたちに会ったでしょ?あの時、奈子さんのお母さんだけ、妙に浮いてた気がしたんだけど•••」
すっかり理性を取り戻した私は、ふと思い出した疑問をぶつけていた。
「何だよ、色気のない話だな。奈子のお母さんは、あいつが小さい時に亡くなってるんだ。だから、後妻。といっても、すぐに後妻におさまってるから、ほとんど育ての母として成り立ってるけどな」
「後妻!?」
だからか。
妙に若かったのは、奈子さんの産みの母親ではなかったからだ。
「それにしても、さっきも一人淡々としていたし、ちょっと冷たそうね」
敦哉さんも奈子さんも、お金持ちの家庭に生まれたというのに、親があんな感じでは、何が幸せか分からない。
庶民の私から見たら、羨ましく見えるというのに、それはきっと二人には皮肉な事なのだろう。
「やっぱり、愛来もそう思ったか。そうだよ。ずっと、あんな調子。あそこには、男の子もいてさ。後妻の実子でかつ跡継ぎだろ?ますます、奈子は家庭で居場所がなくなったんだ。それでよく、俺が兄貴みたいに奈子の側にいたんだよ」
「それじゃあ、二人の絆は強そうなのに。そんなに奈子さんとの結婚が嫌なの?」
話の流れとしては、『だから、俺が結婚する』とか言いそうなのに。
一体、何が嫌なのだろう。
さっきだって、奈子さんを大事な妹の様な存在だと言っていたのは敦哉さんだ。
「その言い方だと、俺が奈子と結婚すればいいって聞こえるな。愛来、それでいいのか?」