恋人を振り向かせる方法
気が付いたら、ボーッとして敦哉さんを見ている自分がいる。
一日のほとんどを外回りで過ごす敦哉さんが、オフィスにいること自体珍しい。
どうやら今日は、社内にいる時間が多いみたいだ。
部長と何か打ち合わせをしていたり、営業同士で会話をしたりしている。
そんな姿を見ているだけで、心が満たされていく感じがしていた。
こうやって改めて見ていると、敦哉さんは本当に仕事熱心だ。
まさか、大企業グループの御曹司だとは、誰も思わないだろう。
それに、社内ではその事を知られたくないらしく、口止めされている。
だから、ますます誰も敦哉さんの本当の立場を想像する事も出来ないのだ。
「ちょっと気分転換してこよ」
仕事がひと段落し、化粧室へ立つ。
集中力が途切れた頭をリセットしようと思ったからだ。
だけど、化粧室には先客がおり、他部署の女子社員が3人、鏡を見ながら何かを話していた。
何度か見た事のある三人組で、同じ20代の事務職の社員だ。
いつも、流行りのフェミニンスタイルをしていて、雰囲気はどこか感じの悪い人たちだった。
だから、ほとんど会話をした事がない。
今も私が入ってくるなり、示し合わせたかの様に黙り込んだのだった。
これでは、気分転換もそこそこに出なければならないではないか。
余計に疲れを感じながら、ヘアスタイルをチエックする振りをして、さっさと出てしまおうと思った時だった。
突然、頬に冷たいものを感じた。
それはすぐに水だと分かり、そして隣からわざとかけられたものだとも分かった。
「あっ、須藤さんゴメンねー」
水で濡れた手を払いながら、一人が私に横目を向けたのだった。
「別に•••」
嫌みたらしい謝り方に腹が立つ。
だけど、なぜそんな事をされるのかが分からない。
ハンカチで軽く頬を抑えた時、残りの二人があからさまに水をかけてきたのだった。
「何をするの?」
ありったけの軽蔑をこめた目で見ると、三人は私に険しい表情を見せたのだった。
「これみよがしに、指輪なんかつけて来るなよ」
「え?」
その汚い言い方もだけれど、指輪という言葉が出たことに驚いてしまった。
「いい気になるなって事。新島さんと付き合ってるって、よく堂々と公表出来たもんよね。しかも指輪までつけて」
そうか。
この人たちは、敦哉さんに憧れている人たちだったのか。
改めて、敦哉さんの人気ぶりに感心するやら腹が立つやらで複雑だ。
「社内恋愛は禁止じゃないはずだけど?」
負けじと、こちらも応戦する。
誰に何と言われようと、『彼女』は私だ。
その余裕から、とことん戦うつもりでいたけれど、余裕のない三人から容赦ない仕打ちを受けたのだった。
「調子に乗んなよ」
髪まで濡れるくらいに水をかけた後、三人は化粧室を出たのだった。