恋人を振り向かせる方法
ただの嫉妬だ。
敦哉さんは奈子さんを好きだった。
おまけに、二人には体の関係がある。
そんな事実を知って、心穏やかにいられるはずがない。
「何を吹き込まれたんだ?」
敦哉さんは呆然として、そう言った。
「別に、何も」
口に出せるはずがないではないか。
というより、出したくもない。
小さく目をそらした私の手を、敦哉さんが握ってきた。
「本当に心配したんだ。それは分かって欲しい。とりあえず、帰ろう」
敦哉さんの本心は、結局今でも分からないままだ。
今日、話が進まなかったと言っていたけれど、どんな風に進めたかったのか。
それを話してはくれないのだろうか。
心の中は、モヤがかかった様にスッキリしないけれど、敦哉さんの言う通りに店を出た。
しばらく歩き、駐車場に停めてある車に乗り込むと、敦哉さんはエンジンをかける前に、私に言ったのだった。
「愛来、少し寄り道していいか?」
「寄り道?うん、いいけど•••」
とても、何かを楽しむ気になれないけれど、家で二人きりになるよりかはマシかもしれない。
もし、いつもの様に迫られても、今はそんな気分にはなれないからだ。
一体、どこへ向かうのかは教えてくれないまま、車は海岸沿いを走り、砂浜の広がる道路脇に停まったのだった。
「海?」
行きたい場所とはここだったのか。
海の季節には早いけれど、穏やかな波が陽の光に反射して綺麗に見え、季節外れの海もいいものだと思った。
車を降りて砂浜を歩くと、足が砂に埋れてしまう。
バランスを崩したところで、敦哉さんが手を取ってくれた。
そして、波の眩しいくらいの輝きに目を細めた時、隣に立つ敦哉さんが懐かしそうな笑みを浮かべた。
「ここはまだ子供だった頃、よく三人で遊びに来た場所なんだ」
「三人•••?」
それは、もしかして•••。
「高弘と奈子だよ。ここは、俺たちのいわば隠れ場所みたいな所なんだ。親にも誰にも言っていない、隠れ場所」
「そうなんだ。ここが?」
ここは、三人の思い出の場所。
小さかった頃の敦哉さんたちの笑い声が聞こえてきそうだ。
「そして、俺と奈子の二人の思い出の場所でもある」
「奈子さんとの?」
その名前を聞くと、必要以上に緊張してしまう。
それも、敦哉さんの口から聞くとましてやだ。
すると、敦哉さんが眉を下げて笑みを浮かべた。
「聞いたんだろ?奈子との事。ここな、俺たちがキスした場所なんだ」
「キス•••?」
体中に鳥肌が立つ。
そんな話、聞きたくもない。
知らない事が幸せな事だってあるのに、どうしてそんな事を言うのだろう。
「奈子が俺の事を好きなのは、ずっと分かってた。そして、俺の中途半端な態度のせいで前に進めなくなっている事も」
「敦哉さんは、奈子さんを好きだったんでしょ?ううん、今でも好き?」
すると、敦哉さんは水平線の彼方を見つめて答えてくれたのだった。
「奈子の事は好きだよ。俺にとっては、きっと誰よりかけがえのない存在だ」