恋人を振り向かせる方法


波が寄せては引く音だけが聞こえる。
まるで体が固まった様に、敦哉さんを見つめる事しか出来ない。
目をそらす事も、言葉を出す事も出来ずに立ち尽くすだけ。
こんなにも胸が苦しいのは、敦哉さんにとっての奈子さんはが、そんなにも大事な存在だと知ったから。
ショックで立ち尽くすしかなかった。
すると、そんな私を見て、敦哉さんは吹き出したのだった。

「そんな切なそうな顔をするなって。俺にとっての奈子は、たった一人の妹みたいな存在なんだよ。愛来が思ってるような感情じゃない」

「だけど•••」

じゃあ何でキスをしたの?
体の関係があったの?
それを聞きたいけれど、躊躇してしまい口をつむいだ。

「だけど?愛来が聞きたいのは、奈子との肉体関係の事だろ?」

さすがと言うほかない。
敦哉さんは、やはりお見通しだったのだ。

「何で、分かったの?」

すると、敦哉さんは少し投げやりな笑いをした。

「分かるよ。高弘なら言いそうだし、愛来の様子が急に変わったから。いつか話したろ?奈子のお母さんは、後妻だって」

「うん」

「あいつさ、そのせいで家族の中で居場所を無くしてたんだ。その頃は、まだ小さくて泣き虫で。それで子供心に誓ったんだよ。奈子は俺が守るって」

それは、本当に兄妹愛に近いものなのだろうか?
私には、どうしてもそう思えない。

「だから、俺にとっての奈子は、大事なたった一人の妹なんだ」

「敦哉さん、どうしてそんなに『妹』にこだわるの?本当の妹じゃないんでしょ?それなのに、どうして?」

敦哉さんが意地を張って、妹なんだと思い込もうとしているだけではないか。
そんな印象さえも受ける。

「だって、奈子の一番の願いは家族なんだ。側にいて幸せを感じられる家族が欲しいって、あいつ言ってたから。俺がその存在になりたいんだよ。だから、恋愛感情なんてあるわけがない」

「だから、敦哉さんは妹っていう言葉にこだわってるの?」

すると、敦哉さんは頷いた。
そして、まるで幸せそうに微笑んだのだった。

「決めたんだよ。俺がその『家族』になるって。奈子を守れるのは、俺しかいないないんだ」

その口調には力強ささえ感じて、敦哉さんの想いの大きさを感じずにはいられなかった。
その想いが、ただの家族愛だとは到底思えない。

「それなら、どうして奈子さんと体の関係なんか持ったの?」

すると、それまでの表情が一変、敦哉さんの顔は強張った。

「愛来も聞いただろうけど、高弘に無理矢理犯されたんだよ。奈子はその相談を、泣ながらここでしてくれた。そしてその時、ハッキリと俺を好きだと言ってくれたんだ。そうしたら、気持ちが抑えきれなくて•••」

「もしかして、キスをしたっていうのもその時に?」

頷く敦哉さんに、私はようやく弱々しいながらも、笑顔を浮かべる事が出来たのだった。

「敦哉さん、それを恋愛感情っていうんじゃない。奈子さんの事を、本当は好きなんだよ」
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